第56話 散策

 冒険者ギルドを出ると、ミズトは夕食まで町を散策してみることにした。


 町の中は『ドゥーラの町』の時のように視線を感じることはない。

 大きなこの町では、周囲一人一人を気にするようなことはないからなのだろう。


 行き交う人々に目を向けると、柄の悪そうな冒険者風情の者は見当たらず、レベルの低いごく普通の町人が大多数を占めていた。

 試しにステータスを確認してみると、クラスは商人か生産職がほとんどだった。

 人々には大きな町特有の活気もあり、都会育ちのミズトには住みやすい印象を持った。


 大通りに出ると、町の中を馬車が走っていた。

 車道と歩道が明確に分かれているわけではないが、片側三車線ぐらいの道幅があり、中央を馬車が使い、歩行者は端に寄って歩いていた。


 大通り沿いは三階建ての建物がほとんどで、どれも一階が店舗になっているようだ。

 鍛冶屋、魔法屋、ポーション屋など、この世界らしい店舗もあれば、食料品や衣料品を扱っている店舗も見かける。


 ミズトはそんな景色を眺めながら町の突き当たりまで大通りを歩き続けてみると、また同じ道を引き返していった。


(結構広い町なんだな。一時間以上は歩いたか)


【この『エシュロキア』は王国南部では最大の都市。王国全体で見ても第三の都市です。町の南西には港もあり海路で王都へ出ることも可能で、人や物、様々な流通の拠点となっております】


(港? へえ、海もあるのか。今度行ってみるかね)

 海沿いに住んだことのないミズトは、港という言葉に少し興味を覚えた。


 その後、泊まっている宿のあるエリアに戻る頃には、陽も落ち空は真っ暗になっていた。

 ただ、大通りには松明がかれ、それぞれの建物から漏れる灯りにも照らされているので、あまり暗さは感じなかった。


 飲み喰いできる屋台のようなものも出ていて、大通りだけは昼間と変わらないほど人通りが多かった。

 すでに酔いが回り騒いでいる若者たちもいる。

 彼らのレベルは大して高くはないので、ドゥーラの町なら身ぐるみ剥がされてるんじゃないか、とミズトは平和なエシュロキアに日本の町を重ねながら夜道を歩いた。



 *



 翌日以降も、ミズトは冒険者という名の何でも屋のような仕事を続けた。始める前は躊躇ちゅうちょしていたが、始めてみればどうってことないのだった。


 名探偵クロがいるので、迷子捜しの依頼があれば積極的に受け、それ以外では掃除や荷物運び、歩けない老人の代わりに買い物に行く、なんてものもやった。

 危険な戦闘がない分、報酬は低く、その日暮らし感がいなめない生活だったが、たまにはこういうのもいいかと、ミズトは思っていた。


 そんなある日、スラム街にある空き地の清掃を受けた。

 無断で大量のゴミが捨てられ、異臭がスラム街の外まで漏れて苦情が来ているという話だ。

 ゴミはその場で焼却して良いとのことなので、ミズトにとってはあまりにも簡単な依頼だった。


(これがスラム街か、さすがに色々臭うな)

 町の外れにあるスラム街へ足を踏み入れると、途端に異臭を感じた。


【この辺は貧困層が勝手に集まり移り住んだ地域ですので、インフラなどの整備がされておらず、衛生環境も悪いようです】


(こういう場所は、この世界にはよくあるのか?)


【大きな町ほど貧富の差は激しくなり、必ずと言っていいほど存在すると思って良いでしょう】


(ふうん、こういうとこは日本とは違うか)

 ミズトは、素人が手作りしたような簡易的な小屋を横目に、目的の空地へ向かった。


 それから、空き地のゴミを焼却し終わった頃に、小さな女の子がクロを見つけて嬉しそうに駆け寄ってきた。


「お兄ちゃん、見て! わんわんがいるよ!」

 四、五歳ぐらいの子供で、服装を見ればこの辺の子だとすぐに分かった。


「待てよ、ボニー! そんなに走ったら危ないだろ!」

 兄と思われる男の子が、女の子の後を追ってきた。


「大丈夫だよ、お兄ちゃん! 見て、わんわん、可愛い!!」

 女の子はクロに飛びついた。


 クロは嫌がる様子もなく、人懐っこそうに尻尾を振りながら女の子に身を任せている。

 たまに忘れそうになるのだが、クロは犬ではなくブラックフェンリルなのだ。しかし、人間に危害を加えることはないだろうと、ミズトには分かっていた。


「だから、待てって言ってるだろ、ボニー! 一人で行かずに、お兄ちゃんを待てよ!」

 男の子は妹に追いつくと、なげくように言った。


 ミズトはその男の子が、町の入り口でミズトからお金を盗もうとした子だと気づいた。


「あっ…………に、兄ちゃん…………」

 男の子も気づいたようだ。

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