第55話 冒険者生活開始
「冒険者さん、どうか……どうか娘を捜してください……」
依頼主は普通の町民の夫婦で、状況を説明した母親はそう言って泣き崩れた。昨夜から行方不明のようだ。
「ご安心ください。私がすぐにでも見つけてみせます」
ミズトは落ち着かせるために母親をなだめた。
【ミズトさん、どのように捜すおつもりでしょうか?】
エデンから話しかけてきた。
(ん? そりゃ写真を通行人に見せて情報集めるしかないんじゃないのか?)
【写真とはどのようなものでしょうか?】
(…………!?)
ミズトはこの依頼の難易度の高さに気づいた。
写真なんてない世界で、見たこともない子供を探さないといけないのだ。
似顔絵があるわけでもなく、両親は必死に子供の特徴を説明してくれるのだが、聞けば聞くほど見つけられる気がしなくなっていた。
「これは娘が大事にしていた人形です。これに気づけば娘の方から声を掛けてくるかもしれません」
母親が小さな人形を差し出した。
「娘さんの物ですね。分かりました、お預かりします」
(これを掲げて名前を叫んで歩くとか? 無理じゃないか?)
ミズトは何かの動物のような人形を受け取ると、今後は依頼書の中身をしっかり確認しようと反省した。
「ワンワンワン!」
突然、足元にいたクロが吠えだした。
町中で吠えるようなことは一度もなく、普段は大人しくしているのに珍しい。
クロに視線を向けてみると、手に持った人形に強い興味を示しているようだった。
ブラックフェンリルと言ってもまだ子犬みたいなものだ。こういうもので遊びたいのかもしれない。
「クロ、これは貰ったんじゃない。静かにしてなさい」
「ワンワンワン!」
クロはいつもミズトの言葉を理解しているような素振りを見せ、必ずミズトの指示に従う。
しかし、何故か今は吠えることを止めなかった。
(ん? 遊びたいわけじゃなさそうだな……)
ミズトは、クロが何かを訴えようとしている気がした。
「クロ、どうした?」
ミズトがしゃがみ込むと、クロは明らかに人形を強く意識している。
【ミズトさん、その人形をクロへ差し出してみてはいかがでしょうか?】
(いや、これは預かり物だし、咬んだりしたら困るだろ)
【そのようなことはしないと思われます】
(そうか? エデンさんがそういうなら……)
ミズトは、クロが咬みつきそうになったらすぐに反応するつもりで、そっと人形を差し出した。
するとクロは鼻を近づけ、匂いを嗅ぎだした。
そして人形から離れ、次は地面を嗅ぎまわりながら、辺りをウロウロする。
「クロ……? お前もしかして、匂いを追えるのか?」
「ワン!」
クロはミズトを見て一回吠えると、そのまま道に沿って匂いを辿るように動き出した。
その様子にミズトと両親は思わず顔を見合わせると、半信半疑ながらも三人でクロについて行った。
「ママ……? パパ……?」
三十分ほど追跡していると、町中を通る川の橋の陰から、小さな女の子が顔を出した。
「アビー……?」
「ママァ!! パパァ!!」
女の子は両親に向かって駆け出してきた。
「あああ、アビー!!!」
両親も駆け寄ると、大事そうに抱きかかえた。
安堵した女の子の泣き声が辺りに響き渡る。
「クロ、お手柄だな」
ミズトはしゃがんで、クロの頭から背中までゆっくり撫でた。
「クゥゥゥン」
クロは嬉しそうに甘えた声を出す。
(訓練をしたわけじゃないのに、クロにこんな特技があるとはな)
迷子捜しの依頼なら、クロさえいればどうにかなりそうだ。
「冒険者さん、本当にありがとうございました!」
女の子を抱きかかえた両親が、ミズトに近づいてきた。
「すぐに見つかって私も安心しました」
「本当に何とお礼を申したら良いか。わんちゃんもありがとうね!」
「ワン!」
クロが抑えた声で吠えた。
ミズトは冒険者ギルドの依頼を単に遂行しただけで、実際にはクロが探し出したのだが、家族の再会を喜ぶ姿を見て、少しでも役に立てたことを嬉しく思っていた。
*
依頼を一つ終わらせたミズトは、次に『下水道ねずみ駆除』へ向かった。
『エシュロキア』の地下には下水道が整備されていて、こんな科学技術のない世界でも、これほど整ったインフラ環境があることにミズトは驚かされた。
ただ、下水の臭いには耐えられず、この依頼は二度とやらないと心に誓った。
本題のねずみ退治は、色々と魔法を習得したミズトには、どうってことのない内容だった。
クロが巣穴らしきものを見つけると、火魔法で焼き払い完了した。
『ゴミ出し場の清掃』も、残っていたゴミはマジックバッグで焼却場まで運んで魔法で焼却し、ゴミ出し場は水魔法で綺麗に洗い流して、短時間で完了。
夕方前には、冒険者ギルド証の裏面の文字が全て青くなっていた。
*
「もう終わられたんですか!?」
冒険者ギルド証を見た受付の女性が驚いた表情を見せた。
「はい、たまたま上手くいったようで、早く終わらせることができました」
「そうですか……。では報酬を準備しますので、このままお待ちください」
受付の女性は冒険者ギルド証を持って奥へ入っていた。
それから数分もしないうちに戻り、冒険者ギルド証と一緒に報酬を受付台の上に乗せた。
「お待たせしました。今回の報酬650Gになります」
「ありがとうございます。頂戴いたします」
(日給6500円ぐらいか、学生のアルバイトにもならないな)
ミズトは報酬を受け取ると、その少ない金額に冒険者階級を上げる必要性を感じていた。
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