第51話 エシュロキア到着
その日の夜、ミズトは久々に野宿をすると、翌日は朝から草原を走った。
クロは既に普通の犬よりも速いぐらいで、一時間に一回程度の休憩を入れれば問題なくミズトについて来られる。
おかげで目的の町『エシュロキア』には夕方前に辿り着くことができた。
「こういう大きい町は門限があるって話だからな。明るいうちに来れて助かったぞ」
ミズトはしゃがんで、一度だけクロを撫でた。
『エシュロキア』は、かなりの高さがある石造りの防護壁に囲まれていた。
街道に接続された門は十メートル以上の幅があり、門の上には武装した衛兵の姿が見える。
門の前にも複数の衛兵がおり、通行人を一人ずつ検問しているようだ。
勝手が分からないミズトは、とりあえずその列の最後尾に並んでみた。
(ここに並んどけばいいんだよな? 入れてもらえないとかあるのか?)
【門では身分証の確認をしていると思われます。余程の非常事態中でなければ、身分証が無い者も通行料を支払えば入ることが可能です】
(金を取られるのか……)
身分証の取得を考える必要がありそうだった。
門に並んでいる列の進みは早かった。
基本的に身分証を見せるだけなので、あまり止まることなく進むのだ。
そんなに時間が掛からず順番が来ると、身分証のないミズトは300Gの支払いを要求された。
この世界で生活してきたミズトの感覚では、10G=100円程度。300Gは3000円程度だ。
通るたびにその金額を支払っていては、出入りする頻度によって利益を出すのが難しくなる。
この町で稼いで生きていくためには、しっかり計算する必要を感じた。
門を抜けると、中は今まで見てきた町とは大きく異なり、ヨーロッパの街並みを思い起こさせる情緒ある景色が広がっていた。
平屋建ての建物は少なく、町全体で屋根の色が
まるで一枚の絵画のような風景だった。
人々に目を向けると、人間だけではなく、ドワーフ、エルフ、獣人、ハーフリングなど、多種多様な種族がたくさん歩いていた。
そのため日本人の外見を持つミズトも、とくに目立つようなことはなかった。
ただし、門の近くで立ち止まり辺りを観察している姿は、『エシュロキア』を初めて訪れた者だと、周りに感じさせていたようだ。
これほど人通りが多い中で、ミズトにだけ敵意を向ける者がいたのだ。
ミズトは、自分の持ち物を盗もうとした手を
「あたたたたっ!? 痛えな、何すんだよ、兄ちゃん!」
(子供!?)
よく見ると、痛がっていたのは小学校低学年ぐらいの男児。
力の入れ具合を間違えれば、簡単に折れそうな腕だった。
「離せよ! 離せって言ってんだろ!!」
男児はもう一方の手でミズトの手を殴り、必死で逃れようとしている。
ドゥーラの町の
「ちょっとキミ。その子を放してあげてよ」
誰かがミズトに声をかけてきた。
二十代半ばぐらいのブラウンヘアの白人男性。ステータスを見るとレベル56の戦士だった。
「どちら様でしょうか?」
ミズトは男児を離さずに答えた。
「これは自己紹介が遅れたね。僕はこの町で冒険者をやっているニック・ギレスピーだ。キミはこの町は初めてだね? 僕に免じてその子を許してあげてくれないかい? 盗みが良くないことは承知しているが、子供がやったことだ。そう目くじらを立てるほどじゃないだろう。ダニエル、キミもこれをあげるから、今日は盗みなんてせず帰りなさい」
ニックと名乗った戦士はミズトの目の前まで来ると、男児に銅貨数枚を見せた。
「クソ! 礼は言わないからな!」
男児は力を緩めたミズトの手を振りきり、銅貨を掴んで走り去っていった。
「ダニエル! 気をつけて帰るんだぞ!」
ニックは、振り向きもしない男児の背中に手を振った。
(知り合いの子供だったってことか?)
ミズトは目の前にいる爽やかな好青年に、なんとなく苦手意識を覚えた。
「キミ! 分かってくれてありがとう! 子供は大事にしないといけないからね!」
ニックはミズトの背中を軽く叩きながら言った。
突然、あたりから拍手と歓声が湧きあがった。
「さすがニックさんだ!」
「やっぱりニックさんは頼りになるぜ!」
「俺、まじでニックさん尊敬する!」
いつの間にか人の輪ができ、ミズトは人々に囲まれていた。
「皆さん、お騒がせしました! 問題は解決しましたので、気にしないでください!」
ニックは人々の賞賛に応えるように手を上げながら、そのまま輪に向かって歩きだした。
するとミズトを囲んでいた輪は崩れ、皆ニックについて行ってしまった。
(…………なんか俺が悪者っぽくなって終わってないか?)
【少なくともニックさんの株を上げる手伝いにはなったようです】
(まあ、俺も対処に困ってたからいいけど……)
「やあ、お前さんも町に着いたんだね」
ミズトはまた急に声を掛けられた。
声のした方向を見ると、道中、馬車で同乗した老婆が立っていた。
「先日はありがとうございました。はい、私もつい先ほどこの町に着きました」
「そうかいそうかい。わんちゃんも元気そうでなによりだ」
老婆はしゃがみ込んでクロを撫でた。
「ええ、クロもお陰様で」
「それにしても今のは災難じゃったな」
「え、ええ。まさかあんな子供が盗みをしようとするなんて」
老婆は、先ほどのニックとのやりとりを見ていたようだ。
「あの子供はスラム街の子じゃな。あそこは孤児が多く、生活に
「そうでしたか。偶然、彼のような人物がいて助かりました。私も子供をどうしたらいいか悩んでいましたので」
「たしかにの。じゃが、スラム街の子は多い。いちいち同情していたらキリがない。お前さんのように
「おっしゃる通りです」
「さて、お前さんはこの町に滞在するんだったの。ここは私の故郷じゃ。気に入ってもらえるといいの」
老婆はそう言って去っていった。
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