第52話 身分の証

 それからミズトは、宿を探す前にポーション屋へ向かった。

 作り貯めた初級ポーションだけでも売っておこうと思ったのだ。


 もちろん現金化する必要もあったが、それ以上に売値を確認することが主な目的であった。

 ところがポーション屋の店主の回答は、ミズトの予想していないものだった。


「ダメダメ、身分証のない者から買取はできないよ! あんたこの国は初めてか? このフェアリプス王国内ならどこも同じだぜ?」


(ドゥーラの町では買い取ってくれたんだけどな)


【あの町は領主もいない辺境の町ですので、細かい規制は適用されていないのかもしれません】


(なるほど。ま、たしかに前の世界でも何か買い取ってもらうときは、免許証とか見せてた気がするな)

「申し訳ありません、この国には来たばかりでしたので。商品を売ってはいただけるけど、買い取ってはいただけない、ということですね」


「ああ、そのとおりだ。必要なものがあれば売ってはやる。だいたいあんた冒険者だろ? 冒険者ギルドに登録しないと、ダンジョンにも入れないぜ?」


「そうなんですか!?」

(そりゃ選択肢が狭まって困るな……)


「ああ。たいして登録料を取られるわけでもねえんだし、冒険者ギルドに登録してしまえよ! 冒険者ギルド証は世界共通の身分証になるぜ?」


「世界共通?」

(へえ、それまた便利だな)


【ミズトさん、ここはもう登録してはいかがでしょうか? ミズトさんの望むスローライフのために、収入手段を増やすことは良策と言えます】


(冒険者ギルドねえ…………)


「店主殿、色々教えていただきありがとうございました。冒険者ギルドに登録するか分かりませんが、また何かあればお伺いさせていただきます」

 ミズトは丁寧にお辞儀をした。


「ああ、また来なよ」

 店主は快く返事をした。

 結局何も買っていないのに、嫌な顔ひとつしないとは、このお店の店主も良い人なのかもしれないとミズトは感じていた。


 その日は、偶然見つけた使い魔や従魔OKの宿に泊まった。そして翌朝、ミズトは仕方なく冒険者ギルドの敷地前までやって来た。

 アイテムは売れない。ダンジョンには入れない。もう他に選択肢がないのだ。


(ドゥーラの町に比べると随分大きいな……)


【はい、これほどの大きな町の冒険者ギルドですので、ドゥーラの町の数十倍の人数は利用していると考えられます】


(冒険者ってのは、この世界じゃかなり一般的な職業ってことなんだろうな……)

 ミズトは敷地の奥にある冒険者ギルドの建物に目を向けた。


 五階建てで大学の校舎のようなひと際大きな建物。

 正面には入口が三つあり、どれも両開きの扉が開け放たれ、朝から激しく行き交っている冒険者たちの姿が目に入る。


(なあ、エデンさん。登録ってのは何するんだ? 紙に名前とか書けばいいのか?)


【いいえ、冒険者ギルドの各支部には『鑑定球』という魔法具があり、登録者はそれに触れるだけで登録してもらえます。『鑑定球』は触れた者のステータスを表示することができ、冒険者ギルドは表示された名前やクラスなどを登録いたします】


(ふうん。それは俺も全部見えちゃうのか? それとも偽装ステータス?)


【偽装ステータスが表示されると思われます】


(なるほど。それならクラスを『魔法使い』に変えることできるか?)

 ミズトは馬車の中で、『凶暴戦士』なのか問われたことを思い出した。


【もちろん可能です。――――偽装ステータスを修正しました】


(よし……ならさっさと済ませるか……)

 ミズトは諦めたように敷地内へ足を向けた。




「ちょっと! 何で駄目なのよ!!」


 建物内に入ると、若い女性の怒鳴り声が聞こえた。


「そう申されましても……。クレアさんはまだレベル11。階級もJ級冒険者ですので、このような危険な依頼をお受けいただくことはできません……」


「どうしてよ! 掃除とかお使いとか、冒険者のやることじゃないわ!」


 声のする方向へ視線を向けると、どうやらいくつもある受付の一番右端にいる女性の声のようだ。


「もういいわ! すぐに階級を上げてみせるから、待ってなさい!!」


 女性は怒って受付を離れると、ミズトの入ってきた出入口へ向かってきた。

 日本人から見ると白人系の年齢は分かりづらいと言われるが、どう見ても十代の女性だった。


「何、あなた。用がないならどいてくれない?」

 ミズトが邪魔になっていたようで、その女性はミズトを睨みつけたが、足元のクロに気づくと表情が少し和らいだ。


「失礼しました」


 ミズトが道を譲ると、女性は何も言わず冒険者ギルドを出ていった。

 すると、それに従うように、腰に剣をたずさえた青年がすぐ後を追ってきた。


「お待ちください、クレア様! このエドガーもお供します!」


「戦うわけじゃないから、あなたはいいわ。そこで待ってなさい」


「そういうわけには……」

 二人は何かを言い合いながら、敷地の外へ消えていった。


(なあ、エデンさん。この国はフェアリプス王国って名前だったよな? 今の二人って)


【女性は王家に関わるような高貴な家の者。男性はそれを護衛する騎士だと推測します】


(そうだよな……)

 ミズトは今見た二人のステータスを思い浮かべた。


 ====================

 クレア・フェアリプス LV11

 種族 :人間

 加護 :風の精霊

 クラス:戦士(熟練度3)

 ステータス

  筋力 :H(+E)

  生命力:I

  知力 :I

  精神力:J

  敏捷性:I

  器用さ:J

  成長力:E

  存在力:D

 ====================

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 エドガー・スモールウッド LV57

 種族 :人間

 加護 :火の精霊

 クラス:フェアリプス王国騎士(熟練度7)

 ステータス

  筋力 :D(+C)

  生命力:D(+C)

  知力 :G

  精神力:F

  敏捷性:E

  器用さ:E

  成長力:D

  存在力:E

 ====================


(ま、どうでもいいことだけどな)

 ミズトは頭を切り替え、奥へと進んでいった。

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