第32話 セシルの希望

「アニキ……、あっしはどうしたんでしょうか……」

 気絶していたジュリオがようやく目を覚ました。


「ジュリオさん、大丈夫ですか?」


「!? アニキ! あの女はどうしました!?」

 ジュリオは状況を思い出したのか、慌てて立ち上がり店内を見回した。


「もう帰りました。ジュリオさんも座ってください」


「そうっすか……あの女いったい……。ん? それ何すか?」

 ジュリオは言われた通り椅子に腰を下ろすと、ミズトの前にある小さな鞄に気づいて尋ねた。


「魔法空間にアイテムを収納できるマジックバッグだそうです」


「マジックバッグ!? 一流冒険者ぐらいしか持ってない凄えアイテムじゃないっすか! どうしたんすか?」


「彼女が契約金代わりだと言って置いて行きました」


「さっきの女がですかい!? ど、どいうことっすかね……?」


「これを譲るので、エンディルヴァンド地下洞窟の地下二十階に一緒に行きましょうって話でした」


「へ? あの女、何を言ってるんすか!? あそこが地下二十階まであるなんて聞いたことないっすよ! それに、いくらアニキでも地下八階のモンスターがやっとのはずっす。ホントに地下二十階なんてのがあったら、危険すぎます!」

 ジュリオは顔をくっ付きそうなぐらいミズトに近づけて言った。


「でしょうね。レベル73のセシルさんが地下十九階をクリアできないみたいですから」

 ミズトはジュリオの顔を押し返した。


「危険すぎっす! もちろん断ったんすよね?」


「…………」


【ミズトさんが意外と頼みごとを断れないタイプだとは、新しい発見でした】


(エデンさん、それ皮肉か? いや、だってな、まさか土下座されるとは……。あんな女性が土下座してきて断れる奴なんているのか? どっちにしても結局限定クエストだったんだから、いいじゃねえか)


 ミズトは、契約するのが自分である必要はまったくないと一度断った。

 ところがセシルはどうしてもミズトの協力が必要だと食い下がり、最後には土下座までしたのだった。


 なぜそこまでしてミズトなのか、それが一番の疑問だったが、その理由をセシルは二つあげた。

 一つは中級ポーションの調合が可能な薬師のスキル。

 地下二十階ともなると一週間以上も掛かる長丁場。いくらポーションを持参しても足りなくなってしまっていた。しかし材料さえあれば作成できる薬師がいれば補充をしながら進むことができるというのだ。幸いなことに地下十一階以降では中級ポーションの材料が入手可能なのだという。


 もう一つは自分自身を守れるミズトの強さ。

 本来なら生産職である薬師をダンジョンへ連れ出すなんてことは有り得ない。しかしミズトは戦士でありながら調合ができる特殊な存在。

 いくらセシルでも生産職を守りながら進むことは難しいので、ミズトは打ってつけなのであった。


 それは結局のところ、自分の事は自分で守れてセシルを回復できるなら何でも良さそうだった。

 それなら高レベルの僧侶の方が良いのではと言ってみたが、王国中探し回っても協力してくれる高レベル僧侶が見つからなかったそうだ。

 最後にわらをもすがる思いでミズトを見つけたのだ。


(どうしても攻略したい強い気持ちは分かったけど、俺みたいなわらで大丈夫かね……)


【地下八階以降の情報がないため判断は難しいですが、万一の場合は彼女が持っているダンジョン脱出アイテム『帰還の指輪』があるので対処可能です】


(そういうことじゃなくて、せっかく行くんだから……)

 ミズトは、限定クエストの条件にはなっていなくても、どうせ協力するなら彼女の願い通り地下二十階をクリアしたいと思っていた。


 ====================

 ◆限定クエスト発生◆

 クエスト名:セシルへ協力

  セシル・フルールの依頼に協力してください。

  なお、エンディルヴァンド地下洞窟を攻略できなくてもクエストは達成になります。

 報酬:経験値100

    金10G

 ====================



 *



 それから数日後、エンディルヴァンド地下洞窟の入り口でセシルと待ち合わせをした。


「アニキ、ホントに行くんすか?」

 ここまで付いてきたジュリオが心配そうに言った。


「はい、契約しましたから」


「やっぱあっしも一緒に行きましょうか?」


「いえ、大丈夫です。それだとセシルさんの負担が増えてしまいますし、留守をジュリオさんにお任せしたいので」


「留守をあっしに? お任せください! この命に代えても留守番やりきってみせます!」


「はい、頼みます」


【ミズトさんは随分ジュリオさんの扱いに慣れてきました】


(……それ感想?)


【もちろん分析です】


「おい、女! アニキを頼むぜ! アニキに何かあったら許さねえからな!」

 ジュリオは怒鳴りながらセシルの顔を指差した。


「あなた、うるさいわね」


「待った! お二人とも、ちょっと待ってください! さあ、セシルさん、先は長いんですから、出発しましょう! ジュリオさんも見送りありがとうございました! 留守をお願いしますね!」

 ミズトは手刀を構えているセシルの手を掴むと、慌てて地下洞窟へ促した。


「そうね、早く行きましょうか」


「へい、アニキ、行ってらっしゃいませ!」


(ふう、この姉ちゃん、こういうとこ容赦ねえな。俺には感情のないアンドロイドに見えてきた)


【アンドロイドが何か分かりませんが、目的のための障害を排除することに躊躇ためらいはないようです】


(はは……)

 ミズトは二人で一週間以上も過ごす自信がなくなってきた。

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