第33話 エンディルヴァンド地下洞窟

「あなた、ミズトだったわね、脚には自信あるかしら?」

 エンディルヴァンド地下洞窟に入るとすぐ、セシルがミズトに訊いた。


「走れるかということでしょうか? そうですね、全速力はセシルさんに劣るでしょうが、いくら走っても疲れないので長距離ならそれなりに走れると思います」


「そう、良かったわ。初日のうちに地下六階まで行きたいの。それまでずっと走るわよ。途中のモンスターほとんど無視ね。いい?」


「はい、承知しました」

(なかなかのハードスケジュールだな……)


 セシルはミズトが同意したのを確認すると、すぐに走り出した。ミズトも後を追う。

 速度はミズトの全速の七割程度。セシルなりに気を使っているようにミズトは感じた。


 地下三階までは、本当にモンスターは無視した。

 近くに現れたところで素通りし、進行方向に現れても飛び越えて通り過ぎた。


「セシルさん。もう少し速度上げていただいても大丈夫です」

 地下四階に降りたところでミズトは言った。


「そう? あなた、思った以上にいいわ。なら少し速くするわね。それと、地下四階からは少し戦闘があるわ。気をつけてついて来て」


 セシルはそう言ってさらに速度を上げた。

 今度はミズトの全速の九割程度だ。


 ミズトにとって地下四階は初めて足を踏み入れる場所だった。

 見た目の構造は地下三階までと変わらないが、見かけるモンスターは初めて見るものが多かった。


(ん? 地下四階もやっぱり無視するのか?)

 ミズトは横目でモンスターを見ながらセシルと走り抜けた。


【いえ、どうやら戦闘のようです】


「来たわ、あれよ」

 セシルはエデンと同時に声を出した。


 ミズトは前方にモンスターが十体ほど現れたことを確認した。


(なるほど、多いな)


 地下三階までは単独行動のモンスターも多く、群れていても五体がいいところで十体は一度も見たことがない。

 しかし、ここからはモンスターの群れと遭遇することがあるってことなのかもしれない。


 ミズトは、あれぐらいなら自分でも十分戦力になるだろうと、剣に手をかけ速度を落とそうとした。

 ところが前を走るセシルはまったく速度を落とさず、魔法を唱えた。


「アイスアサルト!」


 セシルが前方へかざした手から、冷気のような白い風が吹き出しモンスターの群れを覆った。

 すると十体すべてがその場で凍りつき、すぐに肉体ごと砕け散った。


「モンスターは死んでから消滅するまでに少し時間差があるわ。破片に当たらないよう気をつけて」


(気をつけてってそういうこと!?)

「はい。お気遣いありがとうございます……」

 ミズトは飛んできた氷の破片を避けながら答えた。




 それからミズトは黙々と走り続けた。

 戦闘になっても先ほどと同様、セシルが魔法一撃で粉砕するだけなので、ミズトはただ避けるだけ。


 楽と言えば楽なのだが、何も役割がないというのはずいぶん退屈で、性的な興味があるわけでもないのに、走りながらセシルのお尻を見続けることしかやることがなかった。


 そしてミズト達は、一日目は地下六階、二日目は地下十階まで何事もなく辿り着いた。


「ここが地下十階のセーフティエリアよ。今夜はここで寝ましょう」

 セシルは装備や荷物を置いて言った。


「はい、承知しました。ここもセシルさんが見つけたセーフティエリアなのでしょうか?」

 ミズトも真似して荷物を置いた。


「ええ、そう。ダンジョンを進むうえで、セーフティエリアの位置確認は必須だわ。ここも初めてこの地下洞窟に来た時に確認したの」


「そうなんですね、勉強になります。この地下洞窟へは何度もいらっしゃってるのですか?」


「そうね……今回が十回目よ……」

 セシルは少し疲れた表情をしたように見えた。


(今まで九回挑戦してクリアできなかったってことか。なんか嫌なこと聞いてしまったな……)


【はい、今のは皮肉とも捉えることができます】


「と、ところでその指輪が『帰還の指輪』というアイテムですか?」

 ミズトは慌てて話題を変えた。


「ええ、ランク5の装飾アイテムで、使用するとパーティ全員をダンジョン入口まで運んでくれるの。これを手に入れるのはかなり苦労したわ」

 セシルは右手の指にはめている指輪を掲げながら言った。


(アイテムのランクって5が最高だっけ?)


【はい、アイテムランクは5段階に分けられ、希少性と性能によって決まります】


「凄い指輪のようですね」


「そうね、おかげで何度も助けられたわ。でも、今回が最後」


「最後?」


「使用回数が十回だから、あと一回使ったら終わりなの」


「そ、それはまた……今回は失敗できないですね……」

(おいおい、責任重大じゃねえか)

 会社で責任だけ押し付けられたことを急に思い出し、ミズトは胃がキリキリしだした。


「そのとおりよ。今回は、何が何でもクリアしてみせるわ」

 セシルから並々ならぬ決意が滲み出ている。


「そ、そろそろ食事にしましょうか。明日行く十一階からは全然違うとお聞きしていますので、しっかり休んだ方が良さそうです」


「そうね、食事にしましょう。地下十一階からは魔法一発で全滅させるのは難しいわ。止まっての戦闘が増えるから、思いどおり進めなくなるの」


「そうですか、ここからが本番という感じですね」


 二人は各々のマジックバッグから携帯食を出し、食事をとった。

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