第31話 再会と契約

 ある日、ミズトが一人でエンディルヴァンド地下洞窟に向かうと、入り口付近で突然、人が現れた。中から出てきたのではなく、現れたのである。


(ん? あれって、だいぶ前に会ったエルフか?)


【はい、彼女はドゥーラの町に初めて着く前に、中級ポーションを売ったハイエルフのセシルさんです】


(ん~、なんかまた疲れ果ててないか? 彼女)


 ミズトが感じたように、セシルはやっとの思いでゆっくり歩き出し、近くの木に寄りかかって座った。

 そして空を見上げ、ブツブツと独り言を言いだす。


「はあ……やっぱり一人じゃ駄目だわ。これじゃたまたま行けても、最後は無理ね。でも、あの町の冒険者じゃレベルが低いのよね……」


 ミズトは声を掛けるか素通りするか迷っていると、セシルと目が合ってしまった。


「あら、あなたどこかで……? そうだわ、ポーションを売ってくれた人間だったわね。偶然ね。ここにいるってことは、やっぱりあの町の冒険者だったのね。あ、そうだわ、またポーションを売ってくださらないかしら」


 セシルはかなり疲労しているようなのだが、まくし立てるように言った。

 ミズトはそんなセシルを見て、いつも限界まで頑張り過ぎる若手の女子社員を思い出しながら、自分で作成した初級ポーションを取り出した。


「あの時は買っていただいてありがとうございました。あのおかげで生活できたようなものです。これは私が作成したものなので初級ですが、お譲りします」


「あら、そう? ああいうのはお互い様なのだけど、遠慮はしないわよ? いただくわね。――――――え? 初級? これってまさか……」


 セシルは驚いたように、飲み干した空き瓶を見た。


「あなた、やっぱり異界人かしら? 私は見ればあなたがそれなりの戦士ってぐらい分かるわ。そんな戦士が調合もできるなんて、異界人でもない限り説明つかないわ。ま、そんなことはどうでも良かったわね。それより、これ、本当にあなたが作成したのね?」


「え、はい、私が作成しました」


「そう。なら魔力ポーションも作れるのかしら? 中級は作れないのかしら?」


「初級魔力ポーションは作成可能です。中級は……」


【万能生産者の熟練度がもう一つ上がれば中級ポーションを作成可能です。予測ではあと二回『調合』を実行することで上がります】


「中級は明後日ぐらいには作成可能になる予定です」


「へえ、そう、凄いわね。ありがとう、出会えて良かったわ」

 セシルは握手を求め手を出してきた。


「いえ、こちらこそ。また機会があれば」

 ミズトは握手に応じた。


「ええ、またね」

 セシルは一瞬笑顔を見せると、前回と同じように素早い身のこなしで去っていった。



 *



 それから二日後の夜、ジュリオと食事をしていると、店にセシルが現れた。


「ここにいたのね。探したわ」

 セシルはミズトを見つけるなり、テーブルへ近づいてきた。


(ハイエルフのセシル? なんか凄え目立ってるけど……)


 ドゥーラの町にもエルフが少数ながらも住んでいた。

 しかし、ハイエルフであるセシルの美しさは際立っており、ただ歩いているだけで人々の注目を集めている。


「お、おい、あれ誰だ!?」

「すげえいい女じゃねえか!」

「うひょー、色っぺえー!」


(なるほど、言われてみれば金髪のスーパーモデルと言ってもいいぐらいの美貌だな)


 ミズトは改めてセシルを観察すると、若い男が大騒ぎする理由を理解はできたものの、ミズト自身にはその魅力を感じる精神的な若さが欠けており、完璧すぎるセシルをただの容姿端麗な人形程度にしか感じていなかった。


「おめえ、うちのアニキに何の用だ!」

 目の前まで来たセシルとミズトの間に、ジュリオが立ち塞がった。


「ん? なにかしら? あなたに用はないわ」


「オレはアニキの舎弟だ! アニキに用があるならオレを……!? ア、アニキ! この女バケモノです! 逃げてくだせえ!!」

 セシルの強さに勘づいたジュリオが、ミズトへ振り返った。


「あなた、邪魔だわ」

 セシルがジュリオの首に手刀を入れると、ジュリオはその場で崩れ落ちた。


(ジュリオ……)


「ねえ、中級ポーションの調合はできるようになったかしら」

 セシルは倒れたジュリオには目もくれずにミズトに訊いた。


(中級ポーション? なんだ? ずいぶん『調合』にこだわってるな)

「はい。熟練度が上がり、中級ポーションも作成できるようになりました」


 ミズトはセシルの質問を不思議に思い、続けて訊いてみた。

「ええと、買い取りたいということでしょうか? 材料が手に入らないので、作成してはないのですが」


「いいえ、違うわ。ごめんね、本題がまだだったわね。あなた、私と契約しない?」


「契約ですか?」


「ええ、そう。私と一緒にエンディルヴァンド地下洞窟へ潜ってほしいの」


「…………」

(どう思う、エデンさん)


【ミズトさんと彼女の実力差があり過ぎますので、パーティを組みたい理由が分かりません。中級ポーションの作成を待っていた様子を考えると、『薬師』としての同行を希望さているのかもしれませんが、それも雑貨屋か冒険者ギルドでポーションを買っていけば良い話です】


(だよな……)

「なぜ私なのでしょうか? お役に立てるとは思えないのですが」


「そうね、疑問に思うのも当然ね。先に目的を話しておくと、私がやりたいのはエンディルヴァンド地下洞窟の最深部、地下二十階の攻略よ」

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