第26話 『荒野の牙』ヴィクター

「どうぞ」


「よお、急に悪い。地下洞窟の件以来だな」


「はい。それで、どのようなご用件でしょうか?」


「まあせかすな。なあに、君が最近マックス一家と激しくやり合ってると聞いてな。君はもう町の四大勢力の一つだ。君の行動は色々な意味で注目され影響力があるんだから、四大勢力同士の争いは控えてもらいたいと言いたくてな」

 ヴィクターは勝手に椅子を引いて座った。


「…………」

(俺って四大勢力になってんのか?!)


【はい。町の有名人というクエストをクリアしたあたりから、『マックス一家』『荒野の牙』『狂った野獣』『凶暴戦士』が四大勢力と言われ始めました】


(なんだそれ、ずいぶん恥ずかしいくくりに入れられたな……。『凶暴戦士』が俺だよな……?)


【はい。最近は剣での戦闘が多いため、薬師より戦士の認識が強まったと思われます】


(いや、そこはどっちでもいいんだけど……)

「ゴホン。それで、ヴィクターさんは忠告にいらっしゃったってことですね」

 ミズトは一度咳払いをして言った。


「そういうことだ。三大勢力でバランスを保ってたところ、君の存在で均衡が崩れ、町の治安が悪化し始めている。君のせいとは言わないが、町の住民が生活に不安を抱えているのは確かだ」


「そうですか……」

(半分俺のせいって言ってるようなもんだけどな)


「そこで提案なんだが、うちの配下に入ってみないか? それほどの強さで冒険者登録をしないのは何か理由があるんだろうけど、他人から見れば強い未登録者は警戒してしまうんだよ。あのマックスでさえ冒険者登録をしている限り、冒険者ギルドには逆らわないし、冒険者のルールはある程度守るはずだ。その一方で君は冒険者ギルドに登録してない分、何ものにも縛られず好きに振る舞える。弱者からすれば厄介でこの上ない存在だ。だからせめてうちの派閥に所属すれば、町の住民も安心できるってものだ」


「『荒野の牙』に入れって意味でしょうか?」

 ミズトはヴィクターと反対に低いトーンで訊いた。


「いや、『荒野の牙』は冒険者ギルドに登録しているパーティだ。冒険者ではない君を入れられないから、うちの弟分みたいな存在かな。どうだろう?」


「なるほど、ご提案内容は理解できました。ですがそのお話、お断りさせていただきます。おっしゃる通り私は何ものにも縛られるつもりはありません。ですので冒険者登録もしませんし『荒野の牙』の弟分にもなりません。ただ、せっかく足を運んでいただいたので代替案ぐらいはご提示可能です」


「へえ。それは?」


「『荒野の牙』が私の配下につくのはいかがでしょう? そうすれば私が一人ではなく何かに所属しているように見えますので、町の方々の見方も変わるかもしれません」


「……なんだと?」

 部屋の空気が少し変わった。


「私のように素性の知れない者が一人でいることを町の住民が警戒する気持ち、よく理解できます。それでしたらヴィクターさん達も、何ならマックスさん達もまとめて配下にして差し上げても構いません」


「新参者が言うじゃないか……。君はこの町全体を支配するとでも言いたいのかい?」


「もちろんそんなつもりはありません。しかし、四大勢力の争いが治安の悪化に繋がるのでしたら、私が力で全てを抑え付けるのも一つの手ではないかと、提案させていただきました」


「俺たちにも勝てると……? あまり思い上がるようなら、俺たちも黙っているわけにはいかなくなるな」


「それは私への宣戦布告ということでしょうか? そんなに気に入らないのでしたら、今すぐにお相手しても構いませんよ。部屋の外にいるお二方も含めて」


「なに?! 気づいていたのか……」

 ヴィクターは閉まっている扉に視線を向け、再度ミズトに戻すと吹き出したように笑った。


「あはははははっ! 俺の負けだ! どうやら君はただの若者ではないみたいだ! 俺たちが君と争う気がないと分かってて言ってるよな? 思っていたよりおごってもいないようだし。俺たちが忠告する必要なかったか!」


「いえ、ヴィクターさんは町の住民の方々を気にしていらっしゃったのですし、きっと私の事も心配されてのことだと思いますので」


「まあな。いくら強くても中身はまだまだ子供だろうから、弟分にして色々教えてやらないとなって来たんだけど、取り越し苦労だったみたいだ。まさかこれほど成熟しているとは。悪かったな!」


「恐縮です。こちらこそ試すような煽り方をして申し訳ありません」


「いいよいいよ、お互い様だ。用はそれだけだ、邪魔したな」

 ヴィクターは立ち上がり、椅子を元の位置まで動かした。


「いえ、何のお構いもなく」


「そうだ、せっかくだから本当に忠告もしておくか。もうすぐ『狂った野獣』が町に戻って来る頃なんだが、きっと君に接触してくる。マックス達のように悪さをしたりしないが、戦闘狂で相手をするのはやっかいだ。気をつけてくれ」


「戦闘狂?」

(狂った野獣の名に偽りなし、ってことか。面倒そうだな)


「それともう一つ。マックスには悪い噂があるから、あまり刺激しすぎないよう気をつけるんだ。あれでも一応この町の冒険者ではあるが、裏の顔を持っていると言われている。追い込まれると、何をするか分からないからな」


「裏の顔ですか、ご忠告承りました。結局ダンジョン入口の一件以来、直接会う機会はなく、襲ってくるのは下の者ばかりでした。彼とはなるべく避けるよう気をつけます」


「そう言ってもらえると助かるよ。じゃあな!」

 ヴィクターは笑顔を見せて、扉を開け部屋を出ていった。


【ミズトさんは、彼らに争う気がないと分かってあおっていたのでしょうか?】

 ヴィクターの姿がなくなると、珍しくエデンから話しかけてきた。


(ん? さあ、どうだろうな。まあ、ちょっとムカついたのもあるが……)


 ミズトの答えにエデンは何も返さなかったが、「そうだと思いました」という声がミズトには聞こえた気がした。

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