第101話 感謝
セシルが泣き止むまで三十分ほど掛かった。
放っておけば一日中でも泣き続きそうな勢いだったが、姉のクラリスが途中で落ち着かせた。
「皆様、随分とご迷惑をおかけしたようで、大変申し訳ございません。私はこのセシルの姉、クラリス・フルールと申します」
セシルの持っていた衣服に着替えたクラリスが、礼儀正しく皆へ挨拶した。
セシルは横で、甘えるようにクラリスにしがみ付いている。
今までのセシルが嘘のような、子どもっぽい一面を見せていた。
討伐隊のメンバーは、強烈な出来事が立て続けに起こり、口数も少なく誰もが戸惑っている様子だ。
その中で、取り纏め役だった『大樹の守護者』のリーダー、ハロルドが何とか自分の役割を
「お初にお目にかかる、クラリス嬢。我々は冒険者ギルドによって派遣された討伐隊でしての。セシル殿の姉上である、クラリス嬢が無事であったことを、心より祝福いたす」
「そうでしたか。私は村が襲われた折に、魔物に変化させられてしまっていたようです。どれほどの時間が経ったか分かりませんが……」
「十年よ、姉さん」
セシルが横で言った。
「そう、十年も経っていたのね……。改めてお礼を申し上げます。魔物になっていた私を救ってくださり、ありがとうございました」
「いや……我々は……」
深く頭を下げるクラリスに、ハロルドは目線を伏せ言葉に詰まった。
クラリスはハロルドの態度を不思議に思い、周囲の様子を見ると、他の者もハロルドと似たような態度をとっていた。
「あら、もしかしてあなたは聖女様でしょうか? 私を救ってくださったのは聖女様ですね」
クラリスは聖女オーレリアに気づくと、笑顔で彼女に近づいた。
「あ、いえ……私はただ……最後に浄化を……」
聖女オーレリアはミズトに視線を送った。
クラリスは、聖女オーレリアだけではなく、全員が同じ人物を意識していることに気づいた。
「あまりお見掛けしない種族の方のようですが、どうやらあなたのようですね」
「姉さん、彼は異界人のミズトよ。クラリス姉さんを、救ってくれたの」
ミズトに気づいたクラリスに、セシルが伝えた。
「そう……あの方なのね」
クラリスは笑顔でセシルの頭を撫で、
「ご挨拶が遅れました。私はクラリス・フルールです。妹セシルを援助し、私を救っていただき心より感謝いたします」
ミズトの前まで進み、ズボンの端を持って膝を少し折りながら、ミズトへ礼を示した。
「これはご丁寧な挨拶をありがとうございます。私はミズト・アマノと申します。あくまであなたを救うために長い間努力されてきたのはセシルさんですが、微力ながらもご支援できて良かったと思っています」
外見の美しさはほとんど同じ姉妹だが、サバサバしたセシルと違い、優しさと女性らしさが溢れているクラリスに、ミズトは苦手意識を感じていた。
「ええ……たしかにそうですね。この子が頑張ってくれたおかげで、私はここにいることができたのですね。ありがとう、セシル」
「クラリス姉さん」
セシルは涙を浮かべたまま笑顔を見せた。
【ミズトさん。何故かクラリスさんに気後れされているようですが、今のミズトさんならこの姉妹に負けることはありません。百回戦闘すれば百回勝利しますのでご安心ください】
(は? いや……そういうことじゃなくて…………)
ミズトは、気後れしたことをエデンに気づかれた自分に腹が立ち、その話題を広げることはしなかった。
「そ、それじゃあ、セシルさんのお姉さんも無事でしたし、そろそろ帰りましょう!」
ミズトは色々誤魔化すように声を上げた。
「待って、ミズト」
セシルが引き留めるように声を掛けてきた。
「セシルさん?」
「ミズト、あなたには、本当に感謝しているわ。あなたがいなかったら、私はここまで来れなかったし、姉さんを、救えなかった」
セシルは姉から離れ、ミズトに歩み寄ってきた。
「いえ、先ほどクラリスさんに言った通り、長い間セシルさんが頑張ってきたからです。私はあの時の契約の義務を果たしただけです」
「そう、そうね。あなたなら、そう言うのね。でも、それでも、私はあなたに感謝してるの」
セシルはミズトに触れる寸前まで近づいた。
「そ、そう言って頂けて光栄です」
「私は、これから先、ずっとあなたの味方よ。必ずどこかで、あなたの力になると誓うわ。姉さんを救ってくれて、私を救ってくれて、ありがとう」
セシルはミズトの左頬に触れると、反対の頬に口づけをした。
(!!!???)
【ミズトさん、たいへんです。状態異常無効のはずのミズトさんから、心拍数の上昇と判断力の低下を検知しました。今すぐこの場を離脱してください】
(……エデンさん、ちょっと黙っててくれ)
ミズトは、先ほど通った川で、ちゃんと顔を洗っておけば良かったと後悔していた。
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