命をしゃぶるもの(3)
その夜。
クラスメイトが立て続けにふたりも亡くなったと聞いて、お母さんもお父さんもたいそう心配そうにしていた。わたしが、そのことにショックを受けたんじゃないかと思ったみたいだ。
たしかにショックは受けていた。けれど、わたしの頭の中はもっとぐちゃぐちゃだった。
もう怖いことは考えたくない。だけどベッドにもぐりこんで布団をかぶると、無限に続く廊下や落ちていく真珠ちゃんの姿、背中をつついたメイズさんの冷たい指の感触がよみがえってきて、どんどん目がさえてしまう。
そのときだった。枕元に置いたわたしのスマホが、いきなり震えはじめたのは。
時刻は、夜の十時すぎ。一瞬、目覚ましのアラームをかけ間違えたのかと思ったけれど、スマホの画面を見てすぐ違うとわかった。
それは、大崎絵美ちゃんからの着信だった。
あれから何度か電話したけれど、絵美ちゃんは一度も出てくれなかった。それが、どうしてこんな時間に……?
わたしは、少しだけ迷ってから、スマホをとって耳にあてた。
「……絵美ちゃん?」
『深月ちゃん! た、助けて!! 助けて!!』
それはほとんど叫び声で、ただごとじゃないのはすぐにわかった。
「どうしたの……どこにいるの?」
『で、電車。電車の中!』
「電車……?」
耳をすませば確かに、絵美ちゃんの声の後ろからガタンゴトンという電車の音が聞こえてくる。とはいえ、状況がわからないことには変わりがない。
「助けるってなに? どうしたらいいの? 誰か、一緒にいるの?」
『いないっ! 誰もいないの! どこにも止まらないのっ!!』
はじめ、絵美ちゃんが言うことはめちゃくちゃでわけがわからなかったけれど、話しているうちに落ち着いてきたのか、順を追って話をしてくれるようになった。
『あたし、おばあちゃん家に行くはずだったの。先生たちが、あたしのせいで真珠ちゃんが死んじゃったみたいなこと言うせいで、ママ、怒っちゃって……。しばらく学校休んで、おばあちゃん家にいようってことになったんだ』
「それで、お母さんと一緒に電車に乗ったんだね?」
『そう……でも……一瞬ウトウトっとして目をさましたら、あたし以外、誰もいなくなってて……。窓の外は真っ暗だし、駅にもぜんぜん止まらないし。電話も、なんでかわからないけど、深月ちゃん以外つながらなくて』
わたしは思った。絵美ちゃんは、寝ぼけてうっかり、違う電車に乗ってしまったのかもしれない。人気のない路線だから人はいないし、特急だから駅にも止まらない。
そんなわたしの甘い予測をあざ笑うように、電話の向こうから車内アナウンスが聞こえてきた。
『ご乗車ァ、ありが……ます。この電車は……行き、最終列車で、ござ……す。折り返し運……いたしません。折り……運転は、いたしません……』
それは暗く、ぼそぼそとした男性の声だった。しかも、ノイズが混じっていて、肝心の目的地のところが聞き取れない。
わたしと絵美ちゃんがなにも言えずにいると、電車の走行音にまじって、クスクスという女の子のしのび笑いが、かすかに聞こえてきた。
『え?』
「絵美ちゃん? 今、誰か笑って……」
『あたしにも聞こえた。けど……誰もいないよ! 誰? どこにいるの!?』
クスクス、クスクス……。
声は近くなったり、遠くなったりして、距離感がつかめない。けれど聞き間違えようがない。メイズさんの笑い声だ。
わたしは、背中に冷たい汗が噴き出るのを感じた。
『この電車は、じ……で、ございます。終点……く……で、一番先に、到着いたしますゥ』
ふたたび、陰気なアナウンス。
わたしは、切れ切れに聞こえてくる最終目的地に不吉な予感をおぼえた。もはや、単なる絵美ちゃんの乗り間違えだなんて思えない。なにか異常なことが起こっていた。
「絵美ちゃんその電車に乗ってちゃダメ! 降りて!!」
わたしは、思わず叫んでいた。
『え!? そんな急に、降りろって言われても……どうしたらいいの!?』
わたしにだってわからない。でも、その電車の終点にいいことが待っているとは絶対に思えなかった。
クスクスクスクス……。
『ヒッ』
電話口のすぐ近くでしのび笑いが聞こえた。
それで、絵美ちゃんもいよいよなりふり構わなくなったらしい。窓やドアを、をめちゃくちゃに叩く音が聞こえてきた。
「絵美ちゃん、まず電車を止めなきゃ! たしか、どこかに電車を止めるためのボタンがあるって……」
『どこかって、どこ! わかんない!』
怒られても、わたしだってわからない。
そんなわたしたちがおかしくてたまらない、とでも言うように、クスクス笑いはますます大きくなっていく。
そして、最後のアナウンスが鳴りひびいた。
『間もなくゥ、終点……「じごく」……「じごく」でェ、ございますゥ……。この電車が、最終列車となります……おしまい……おしまいで、ございますゥ……』
『ヤダヤダヤダ! どうして! あたし、なにも悪いことしてない! 言うとおりにしたのに! なんでえええ!!』
クスクスクスクスクス……。
『出してええええええ! 降ろしてええええええ!!』
絵美ちゃんの絶叫を、電車が通過するゴーッという音がかき消して、それきりスマホからはなんの音も聞こえなくなった。
「絵美ちゃん? 絵美ちゃん! ねえ、絵美ちゃん!!」
『絵美は死んだわ』
メイズさんの声が言った。
わたしは、氷の手で心臓をわしづかみにされたような気がした。
『バカな子よね。誰も、占いを広めれば助けてあげるなんて言っていないのに。……でも、安心しなさいミヅキ。あなたとの約束は守るから。クス……ミヅキが、ちゃんと賢い選択をするならだけど……ね』
ぷつりと音がして、スマホの電源が落ちた。
わたしはスマホを耳にあてた姿勢のまま、しばらくその場を動くことができなかった。
メイズさんの目的はよくわかった。手帳を渡したのも、絵美ちゃんからの電話をつないだのも、わたしに釘を刺すためだ。わたしを怖がらせて、自分の邪魔ができないようにするためだ。
その狙いは成功している。わたしは今、怖くてたまらない。
たまらないけど……それでもユーシャンは、たったひとりで戦おうとしてる。
立ち上がると、足がすっかりしびれていた。
ジンジンと痛む足で床を踏みしめながら、わたしは、廊下の収納を開けに行った。
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