命をしゃぶるもの(1)

 当然、午後は授業どころではなかったので、わたしたちは家に帰されることになった。


 あわただしく帰り支度をする間にも、クラスの女子たちは、低い声で真珠ちゃんのことを噂していた。

 なんでも、屋上にある金網のフェンスが一部分だけ錆びていて、以前から外れかけていたらしい。真珠ちゃんはそこから落ちたんじゃないかという話だった。

 しかも運の悪いことに、落ちた場所にはとがったコンクリートブロックが埋まっていて……。

 先生たちは「宮島さんは病院に運ばれました」としか言わなかったけれど、真珠ちゃんが即死だったということは、もう学校中に広まってしまっていた。

 絵美ちゃんは、事故の直前まで真珠ちゃんとケンカしていたということで、職員室に呼ばれて事情を聞かれていた。要するに、二人の仲違いが原因で真珠ちゃんが自殺したんじゃないかと疑われているのだ。


 わたしは、大事な話があるからあとで電話してほしいというメッセージを絵美ちゃんに送って、先に帰ることにした。

 絵美ちゃんには、メイズさんのことを伝えておかなくちゃいけない。

 だけど、わたし自身、今は時間が欲しかった。昼休みのことが、重いしこりとなってお腹に残っている。


 下駄箱で靴を脱いでいると、申し訳なさそうな顔で、ユーシャンが言った。

「ごめん、深月。うちの両親、どっちも働いてるからすぐは帰れないって。親が迎えに来てくるまで、あんたの家にいてもいい?」

「え。あ……うん。いいよ」

「ありがとう。……で?」

「で? って……なに?」

「深月、隠しごとヘタだな。……昼休み、なにかあったんでしょ。でなきゃ、あんたがそんなふうにびびってるわけない」

 ユーシャンにはお見通しなのだった。


 自転車を押すわたしと、傘を持つユーシャン。ふたりでひとつの傘に入りながら、わたしは、昼休みに起こったことをすべて話した。

 歩くうちに雨が強まり、家に帰り着くころにはもう、土砂降りになっていた。

 学校から連絡を受けていたお母さんは、なにも言わずにふたりぶんのアイスココアを作ってくれた。わたしたちはかわりばんこにシャワーを浴びると、扇風機の前にふたり並んで髪を乾かしながら、お母さんのココアを飲んだ。


 グラスが空になるころ、ようやくわたしは話を終えた。ユーシャンがうなる。

「その日記、読み損ねたのは痛いな。わざわざ破壊していくってことは、あいつにとって、都合の悪いことが書いてあったかもしれないのに」

 わたしが自分のふがいなさに小さくなったそのとき、コンコン、と部屋のドアがノックされた。

「お母さん? 何……?」

 呼びかけても返事がない。

 不思議に思ってドアを開けると――廊下の上に、クシャクシャになった汚い紙束が積み上げられていた。線香の――仏壇の濃いにおいが、ぷんと鼻をつく。

 紙束をめくっていたユーシャンが、ものすごいしかめっ面になった。

「これ……今言ってた、深月のひいじいちゃんの日記じゃないの。ほらここ、三次九重郎って」

「えっ! ホントだ」


 もしかして、ひいおじいちゃんの幽霊?

 いやいや、そんな……まさかね。


 状況の不思議さはいったん置いておくことにして、わたしたちは大急ぎで手記を読みはじめた。

 そこには、ウー道士の日記に書かれていなかった(もしかしたら、わざと書かなかったのかもしれない)真相が記されていた。三次氏がメイズさんを――迷子小鬼メイズゥシャオグイをどうやって手に入れ、どんな災いに遭ったかということが。

 そもそものはじまりは、三次氏が台湾で「養小鬼ヤンシャオグイ」というものを知ったことだった。

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