女王の転落(1)
次の日……日曜日が、ゆにちゃんのお通夜だった。
クラスのみんな――ユーシャンや真珠ちゃんたちも全員、葬儀屋さんのホールに集まったけれど、若菜ちゃんと向くんの姿だけはなかった。
「向くん、ショックで倒れちゃったらしいよ。ゆにちゃんが死ぬとこ、目の前で見ちゃったせいで」
お坊さんがお経を読んでいるとき、後ろの席にいるクラスメイトたちがひそひそ話しているのが聞こえた。
「そっか。昨日、デートだったんだ」
「そうそう。サッカー観て、その帰り。ゆにちゃんが靴のひも直そうとして、道でしゃがんだらしいのね。そうしたら、ちょうど目の前のビルが改装中で……タイミング悪く、大きなガラスの板を吊ってたクレーンのロープが切れちゃったらしいの。で、落ちてきたガラスの切り口が……ちょうど、しゃがんだゆにちゃんの首に……」
「じゃ、ほんとなの。首が……切り落とされちゃったって……」
ゆにちゃんを収めたお棺の窓は、最後まで開かれなかった。
「ねえ」
お通夜のあと、帰ろうとしたわたしを呼びとめたのは、目を真っ赤にした絵美ちゃんだった。
「深月ちゃん……若菜がどうしてるか、知らない……?」
「若菜ちゃん? たしか、昨日も休んでたよね」
「それが……実は若菜、おとといから帰ってないらしいんだ。大騒ぎしたくないからって、おじさんたち、まだ連絡網には回してないらしいんだけど……。ホラ、あたしは、若菜んちと親同士が仲いいから」
「えっ。それって、行方不明……ってこと……?」
ゆにちゃん。そして、若菜ちゃん。……偶然とは思えない。
これはもう、メイズさんのことを黙っている場合じゃないと思った。
「あ、あのね。信じてくれるか、わからないんだけど……実は……」
「絵美ちゃん。なにを話しているんですか」
冷たい声に、絵美ちゃんの肩がビクッと跳ねる。
真珠ちゃんが黒い瞳をぎらぎら光らせて、わたしたちを見つめていた。
「あ……。な、なんでもない。ごめん」
絵美ちゃんはさっと振り向き、帰ろうとしてしまう。わたしは、あわてて制服のそでをつかんで止めた。
「待って。聞いて! 大事なことなの。メイズさんが……」
「ごめん、ムリ! ごめん!」
絵美ちゃんはわたしの手を振り払って、真珠ちゃんと一緒に行ってしまった。
真珠ちゃんは絵美ちゃんの肩に手を回しながら、去り際にわたしをにらみつけていったけれど……なんだか少しだけ小さくなったみたいで、前ほど怖くは感じなかった。
月曜日。すっきりしない曇り空のままだったけれど、朝からいいニュースがわたしを待っていた。ひいおじいちゃんの手帳が見つかったのだ。
今はホームに入っているおばあちゃんの私物の中から、お母さんが見つけてくれたそれは、黒革の丈夫そうな表紙をしていた。紙は変色してボロボロだけど、頑張ればなんとか読める。ただ、ひとりで開くのは怖かったので、学校でユーシャンと一緒に読もうと思った。
ところが、登校すると教室が大騒ぎになっていた。なんと真珠ちゃんが絵美ちゃんにつかみかかり、どなりつけていたからだ。
「どうしてあなたはそんなにバカなのよ! せっかく――せっかく私が、将来のことまで考えてあげたのに――台無しじゃない! 脳みそ入ってないんじゃないの!?」
「……うるさい!」
涙目で言われるがままになっていた絵美ちゃんが、ついに反撃した。
単純な力で言えば、バスケをやっている絵美ちゃんの方がずっと強い。突きとばされた真珠ちゃんは近くの机にぶつかり、ものすごい音をたててひっくり返った。
近くにいたクラスメイトが、手を貸して立たせようとする。
けれど真珠ちゃんはそれを乱暴に振り払うと、散らばった教科書を蹴とばし、自分の長い髪をぐしゃぐしゃにかきむしりながら絶叫した。
「ああっ、もう! もう! もうもうもう!!」
そして真珠ちゃんは髪をふり乱したまま、教室の入り口にポカンと立っているわたしを押しのけ、教室から出て行ってしまった。
「なにあれ」
「ヤバ」
クラスメイトたちが、ひそひそとささやきかわす。たった一度の醜態だったけれど、真珠ちゃんのカリスマをかき消すには充分だった。
こんなことがあったら、真珠ちゃんはもう「教室の女王」ではいられないだろう。……だけど、いったいなにがあったんだろう?
ちょうどユーシャンが、教室の隅にうずくまった絵美ちゃんを立たせてあげようとしているところだった。わたしも走っていって手伝う。
絵美ちゃんはわたしの顔を見ると、深い溜息をついた。
「深月ちゃん……」
「な、なにがあったの」
「女子のチャット、見て」
絵美ちゃんはそれだけ言って、自分のスマホをさし出す。
画面に表示されているのは、わたしとユーシャンだけが外されている、クラスのSNSチャットだった。絵美ちゃんは今朝、そこにひとつのメッセージを投稿していた。
メイズさん占いは、絶対に当たる。
テストの答えも、好きな男の子と両想いになる方法も、なんでも教えてくれる。
あたしや真珠ちゃんは、メイズさんにいっぱい助けてもらった。
みんなも試してみて!
「これって……」
真珠ちゃんが怒るわけだ。絶対、秘密にしておきたかったメイズさん占いの秘密を、よりによってクラスのチャットで広めてしまったんだから。
改めて教室を見回せば、数人のグループを作り、ヒソヒソと話し合いながら腕時計をいじっている子たちが目につく。
真珠ちゃんの大騒ぎよりもそっちを優先しているくらいだから、みんなきっと、占いの力に気づいて夢中になっているんだろう。
「どうして、こんなことしたの」
ユーシャンが絵美ちゃんにたずねる。
絵美ちゃんは、暗い声でぼそぼそと答えた。
「実は……金曜日にさ、うちら、若菜からチャットもらってたんだ。『メイズさん占いのこと、クラスのみんなに話したほうがいい』って」
「え?」
「金曜日……。蒲刈若菜が休んだ日?」
「そう。……そのときは、あたしもゆにも、無視してた。真珠ちゃんはマジでキレてたしさ。だけど、その夜……若菜が行方不明だって聞かされて……あたしが無視したせいかも、って怖くなって……。そうしたら、ゆにまで、あんなことに」
だから……今からでも若菜ちゃんのメッセージどおりにしたほうがいいと思ったのか。
理屈が通っているとは言えない。普通なら、若菜ちゃんのメッセージや行方不明と、ゆにちゃんの事故との間には、なんの関係もないはず。
……だけど、今起こっているのは「普通」では考えられないことだ。
今こそすべてを明かすチャンスだったけど、絵美ちゃんはくちびるを紫色にして、ガタガタ震えていた。そんな絵美ちゃんに、これ以上メイズさんの話をして怖がらせていいのかどうか、わたしには判断がつかなかった。
そうこうするうちに先生がやって来て、ホームルームをはじめてしまう。
真珠ちゃんは、結局、戻ってこなかった。
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