運命の歯車(4)

「ひいじいちゃんは昔の人だし、字も汚いから、私でも細かいとこはわからない。だからザッと概略だけ話す。日付は民国ミングォ四十四年……西暦で言うと一九五五年だから、戦争が終わって十年後くらいかな。道士ダオシー……道士どうしだった私のひいじいちゃんのところに、日本から一通の手紙が届いた」

「どーし?」

「あー……日本で言うと、神社の神主みたいなもの……かな。神社じゃなくて、道教のびょうにいるのが道士。ばあちゃんが占い師やってるのは、道士だったひいじいちゃんの影響なんだ。逆に母さんは、そういうの全然信じてないけど」

「そうなんだ……」

 わたしたちの占い遊びにいい顔をしなかったユーシャンの考えは、実際どっちに近いんだろうか。おばあさんみたいに、占いを信じたうえで大切に思っているのか、それとも、お母さんみたいに懐疑的なのか。いろいろ考えてしまう。

「続けるよ。ひいじいちゃんに手紙を送ってきたのは、戦争中に知り合った、日本人の男だった。名前は……三次九重郎くじゅうろう

「わたしの、ひいおじいちゃん……」

「そう」


 ひいおじいちゃんがふたりも出てきてややこしいので、これ以降、ユーシャンのひいおじいちゃんをウー道士、わたしのひいおじいちゃんを三次氏と呼ぶことにする。


 さて、三次氏の手紙は、グイにとり憑かれて困っているから、これをなんとか退治してくれという内容だったらしい。

「ぐい、って?」

「幽霊のこと。漢字ではおにと書くけど、日本のオニとは別物だと思って」

 三次氏がどうして、台湾にいるウー道士にグイの退治を頼んだのかというと……それが、もともと台湾にいたものだったからだ。

 そのグイは、人形にいていた。

 三次氏は戦争が終わって台湾を離れるとき、台湾で手に入れたその人形を、日本へ持って帰ってきてしまったのだ。

 なぜならその人形は、持ち主を幸福にすると言われていたからだ。その人形を占いの道具として使えば、たとえ未来の出来事でもピタリと当たるという噂だった。


「人形……。占い……?」

 わたしは、体じゅうを冷たい汗が流れ落ちていくのを感じた。


 周囲のひとびとが戦争の影響で貧しい暮らしをしている中、三次氏は人形の力を使ってあっという間に財を成した。だが……彼は気づいてしまった。その人形に、恐ろしいグイがとり憑いてたことに。

 だから三次氏は、ウー道士に助けを求めたのだ。

 ウー道士は三次氏の頼みに応え、日本の北斗市に向かった。

 そして、人形のグイと対決し……たいへんな苦労のすえ、これを木箱に封じこめることに成功したのだという。


「いったいどんな戦いがあったのか、詳しくは書かれてない。だけど、ひいじいちゃんにはふたつ、気がかりなことがあったみたい」

 ひとつは、封印のときに自分の血を使ったこと。これはとても強力だけれど……もし、自分と同じ血を使われたら、封印の効力がなくなってしまう。

 そしてもうひとつは、戦いの中で、自分と三次氏が呪いの印をつけられてしまったこと。

「……呪いの、印?」

「ひいじいちゃんはこう書いてる。――人形の鬼は奇門きもん遁甲とんこうの秘術で未来を知り、人を惑わし、そして……運命を操る。たとえ封印されていても、鬼はこの呪いを通じて少しずつ、少しずつ、自分たちの運命をねじ曲げようとしてくるかもしれない。いつか、遠い未来に……封印の箱が、ふたたび開かれるように」

 ユーシャンはごくりと唾をのみこむと、自分の左手にある傷跡を指さした。丸の中に「S」を描いたような傷。そしてわたしにも、まったく同じ形のアザがある。

「これを読んで気づいたけど……私たちのアザの形、太極図たいきょくずに似てる。太極図っていうのは、道教どうきょうで宇宙のことわり……つまり、なりたちや仕組みそのものを表すマークなんだけど……ここに書いてある奇門遁甲っていうのも、道教の占いのひとつなんだ」

 太極図。道教。奇門遁甲。知らない単語がぞろぞろと出てきて混乱したけれど、ユーシャンが言いたいことはわかった。

 わたしたちのアザと、ウー道士の日記に書かれている人形のグイが、どうやら無関係ではないらしいということだ。

「で……でもさ。そのグイがメイズさんだって、まだ決まったわけじゃないでしょ?」

 自分で口にした言葉が、やけにウソくさく聞こえた。それでもわたしは、まだ信じたかったのかもしれない。友達になろうと言ってくれた、メイズさんのあの言葉を。

 でもそんな希望は、すぐ粉々に打ち砕かれてしまった。

「これを見て。ひいじいちゃんは、人形に憑いたグイの名前を書き残してる」

 ユーシャンが指さした漢字は、わたしでも読めるものだった。


 ――迷子小鬼。


「まいご、こおに……?」

「日本語ではそう。でも、中国語の発音だと――『メイズゥシャオグイ』」

「メイ……ズ!?」

 じゃあ、英語のメイズじゃなかったんだ。

 メイズハウスは、きっと中国語の「メイズゥ」を理解できなかった誰かが、屋敷の迷路とこじつけて勝手につけた名前だったんだろう。

「言葉の意味は日本語の『迷子』と同じだけど、迷子になるのはこいつ自身じゃない。人の子供をまどわし、迷子にする……だから迷子小鬼メイズゥシャオグイっていうんだ」

 わたしはたまらず、フローリングの上に座りこんでしまった。


 これまでバラバラだったピースが、頭の中ですべてひとつになろうとしていた。

 なにもかも、メイズさんが自分の封印を解かせるために仕組んだことだった。

 わたしとユーシャンが、この北斗市に引っ越してきたのも。真珠ちゃんたちが、ユーシャンを追いつめていったのも。……わたしが……勇気を出して、ユーシャンを助けようとしたことだって……メイズさんにとっては、計算のうちだったのかも。

 ――ひとりひとりの人間は、時計を動かす歯車にすぎない。

 昨日のメイズさんの言葉が、何度も頭の中に反響していた。



 これからどうすればいいのか、わたしたちにはまったくわからなかった。

 メイズさんを自由にしてはいけなかったのだろうとは思う。だけど、これからがなにが起きるのかまでは、ウー道士の日記を読んでもわからない。

 わたしは言葉少なにユーシャンに別れを告げて、自分の家に帰った。

 雨足が強くなり、土砂降りになった、その日の夜――うちに電話がかかってきた。


 倉橋ゆにちゃんが事故で亡くなった、という知らせだった。

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