運命の歯車(2)
翌日の学校は、若菜ちゃんが朝から休んでいることを除けば、表向きいつもどおりだった。
真珠ちゃんは何事もなかったかのようにクラスの優等生をやっていたし、ゆにちゃんは、いよいよ明日に迫った向くんとのデートのことで頭がいっぱいみたいだ。
だけど、そんないつもどおりのクラスメイトとわたしとの間には、いつの間にかガラスのように透明な壁が作られていた。誰もわたしに話しかけてこないし、笑顔も向けない。目が合っても、なにもいないみたいにスッとそらされる。
昨日のうちに、わたしは女子のSNSグループから外されていた。
やったのは真珠ちゃんだ。そしてそれ以上、真珠ちゃんはなにも言う必要がなかった。あとはみんなが空気を読んで、わたしをクラスの輪から勝手にしめ出してくれる。……そして昨日までは、わたしもそんな「空気」を作っている一員だったのだ。
わたしはもう、授業でメイズさんの占いを使わなかった。先生に当てられたわたしが答えを間違えると、声をひそめてクラスじゅうが笑った。
覚悟はしていたつもりだったけど、思っていたよりずっとキツい。でもユーシャンは、ずっと前からこれに耐えていたんだ。
違うのは……ユーシャンはたったひとりで頑張っていたけど、わたしにはユーシャンがいるということ。
放課後のチャイムが鳴るなり、ユーシャンがわたしのところへやって来た。
「深月。このあと用事は?」
「別にないけど……なに? どこか遊びに行く?」
「いや。市立図書館に行く」
わたしとユーシャンが話しているのに気づいて、女子の何人かが、探るような視線を向けてくる。わたしは精いっぱい、気にしてないふりをした。
「……学校の図書室じゃダメなの?」
「学校じゃダメ。……メイズハウスのことを調べるんだ」
ぐっと声をひそめたユーシャンにつられて、わたしもささやき声で同意した。
「それと、わたしのひいおじいちゃんのこと……だよね。わかった。行こう」
バスに乗って、『
司書のお姉さんに、「学校の宿題で、北斗市の歴史について調べてるんですけど」と言うと、『郷土資料室』というところに案内してくれた。
そこは本屋さんに売っているようなカラフルな表紙の本はほとんど置いていなくて、図鑑みたいに分厚い黒革の表紙の本と、色画用紙みたいな表紙がついたパンフレットのような本ばかりが並んでいる。
適当に一冊取り出してパラパラめくってみたけれど、漢字だらけの文章が細かい字でびっしり書いてあって、目がチカチカした。
「うへー。こんな難しいの、わたし読めないよ」
「私も無理。……でも、深月にとっては自分の国の言葉でしょ。頑張ってよ」
「無理なものはむーりー!」
しかたがないので、さっきの司書さんに相談しに行くことにした。
メイズハウスのことを調べたいのだと正直に言うと、司書さんは苦笑して、
「それって、北斗ヶ丘の『旧
と言った。
「え、ええ。まあ」
「じゃあ話が早いね。あそこは昔から、小中学生の調べ学習で人気のテーマなの。郷土資料コーナーにはいくつか、子供たちが調べた成果をまとめた冊子が置いてあるから、まずはそれを読んでみたらいいと思うよ。君たちにも読みやすいだろうし」
わたしたちはすぐ、さっきの場所に引き返した。
調べてみると、確かに『みんなが調べた北斗市の歴史』というコーナーに、小中学生が書いた文章をまとめたパンフレットが並んでいる。ユーシャンと手分けして調べてみると、メイズハウスにまつわる噂話がごろごろ出てきた。
・メイズハウス
北斗ヶ丘にあるメイズハウスには、昔、
近所づきあいは悪かったけれど、投資でたくさんお金を稼いでいたそうです。
メイズハウスにはメイズさんという女の子の幽霊が出るという噂ですが、三次さんの家に女の子は住んでいなかったそうです。だから噂は作り話なんだと思います。
・三次さんのお屋敷のこと
北斗ヶ丘のお屋敷には、お化けのメイズさんが出ると言われています。
近所のお年寄りに聞いてみると、あそこには十年前まで、三次さんというおじいさんが住んでいたそうです。奥さんを早くに亡くし、息子が東京に行ってしまってからも、ずっとひとりで北斗市に残っていたらしいです。
もしかしたら三次さんの家には、みんなに秘密で育てられていたけど子供のころに死んでしまった女の子がいて、それがメイズさんなんじゃないかと思いました。
・三次屋敷の幽霊
北斗ヶ丘に、人の住んでいない大きな家がある。うちのじいちゃんは、三次屋敷と呼んでいる。二、三年前まで、三次というおじいさんがひとりで住んでいた。
三次さんは戦争中、台湾にいた。戦争が終わって日本に帰ってきてから、投資に成功して金持ちになった。
けど、北斗ヶ丘に屋敷を建ててからは投資もやめてしまったみたいだ。貯めたお金も死ぬまでのうちにほとんど使ってしまったらしい。
六年生が肝試しをして、あそこで幽霊を見たらしい。幽霊の名前はメイズさん。じいちゃんに聞いたら、三次さんが台湾から連れてきた幽霊じゃないかと言っていた。
新しい順に並べると、こんな感じ。
似たような話は他にもいくつかあって、中には腕時計の占いのことが書いてあるものもあった。メイズさんの正体についても、屋敷が建つ前からいた土地の神様だとか、あそこが廃墟になってから肝試し中に事故で死んだ女の子じゃないかとか、いろんな説があって、どれが本当かははっきりしない。
なにより一番びっくりしたのは、三次さん《おばあちゃんも結婚する前は「三次」だったんだろうなと思う》ことわたしのひいおじいちゃんが、台湾にいたらしい、ということだ。
だけどユーシャンは、わたしが期待したほどには驚いてくれなかった。
「台湾に日本人が来てたのは、別に不思議じゃないよ。台湾には、昔、日本の総督府ってのが置かれてたから。こっちの歴史で言うと、明治時代の途中から戦争が終わるまでの、五十年間くらい……かな。そのころは学校でも日本語が教えられてたから、台湾のお年寄りには、けっこう日本語話せる人いるよ」
「えっ……。へえー……! 全然知らなかった」
「私も別に、よくは知らないけど。生まれる前の話だし。……それよりコレ、なんか変じゃない?」
「変って?」
「メイズハウスに出る幽霊だから、メイズさんのはず。でも、古い資料だと……」
「あっ」
本当だ。古い資料になればなるほど、メイズハウスという呼び名が出てこない。『三次屋敷のメイズさん』という書きかたになっている。
「じゃあ、真珠ちゃんが教えてくれた話、本当は逆なんだ。メイズさんが出る屋敷だから、メイズハウス……ん? でも、メイズは迷路って意味で……生垣の迷路があるからメイズハウスなんじゃ……むむむ」
なんだろう。微妙にしっくりこない。
だけどいくら調べても、それ以上役に立ちそうな情報は出てこなかった。
気がつけば、窓の外は夕陽で赤く染まりはじめている。遅くなってバスの本数が減る前に、わたしたちは帰ることにした。
「なんか……かえって謎が増えたような気がするよ」
「そんなものだって。気長にやろう。……そうだ、深月。明日、私の家に来ない?」
「えっ。いいの?」
「うん。昨日、台湾にいるばあちゃんに聞いてみたんだ。ひいじいちゃんが、日本に来たときのこと。そうしたら、当時のひいじいちゃんの日記が見つかったから、スキャンしてメールで送ってくれるって」
「へ、へえ。ユーシャンのおばあちゃん、メールできるんだ……」
「できるっていうか、得意。最近は、占いの予約もアプリで受け付けてるし」
うーん。これがIT化ってやつか……。
そこでわたしも思いついた。
もしかしたら、うちにも何か、ひいおじいちゃんの記録が残ってるんじゃないだろうか。帰ったら、お母さんにお願いしてみよう。
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