教室の女王(2)

 こうして、ちょっと不思議な新生活がはじまった。


 わたしは困ったことがあるたび、メイズさんにお伺いを立てるようになった。

 宿題やテストの答えがわからないとき。お母さんの機嫌が悪くないかを知りたいとき。空模様が微妙で、傘を持っていくべきかどうかわからないとき……。

 メイズさんの占いは、未来のことまで百発百中だった。これでうまくいかないはずがない。一週間が経つころには、わたしは東京から来た秀才として、クラスメイトや先生達から一目置かれるようになっていた。

 なにもかも全部、メイズさんのおかげだ。あれっきり夢には出てこないけれど、やっぱり、お礼になにかお供えしたりしたほうがいいのかな……なんて、のんきなことをぼんやり考えていた、ある日のこと。


「瀬戸さん。少し、いいでしょうか」

 放課後、帰ろうとしたところを真珠ちゃんに呼び止められた。

 真珠ちゃんはわたしを誰もいない中庭に連れていくと、にっこり笑いながらわたしを壁際に追いこみ、抑揚のない声で言った。

「瀬戸さん……いえ、深月ちゃん。なにか、人に言えないことをやっていませんか?」


「えっ? な、なんのこと……?」

「とぼけないでください。私、ずっと見ていましたよ。深月ちゃん、あなた……テストのたびに腕時計をいじっていますよね。授業中も。いったい、なにをやっているんですか? 話してくれないなら、私は学級委員として、先生に報告しなくてはいけません。……深月ちゃんが、カンニングをしているって」

 うっ!

「でも、もし正直に話してくれるなら……『友達として』相談に乗ってあげることもできると思うんです。ねえ……深月ちゃん?」

 ……ダメだ。真珠ちゃんは鋭い。とても隠しごとなんてできそうにない。

 わたしはおとなしく降参して、転校してきてから起きたことを、素直に話すことにした。……ただし、夢の中でメイズさんと出会ったことは言わなかった《それを言うと、かえって話がウソっぽくなるような気がしたからだ》。

 真珠ちゃんは真剣な瞳で、ジッと私の話を聞いていた。


 わたしが話を終えると、

「……おかしいですね」

 と、低い声でつぶやく。

「メイズさんの占いは、小学生のときから何度もやったことがありますが、ほとんど当たったことはありません。それだって、偶然たまたまそうなったのだろうな、と思えてしまう程度の当たりかたです。なのに、どうして深月ちゃんのときにだけ?」

「さあ……わたしにきかれても……」

「なにか、特別なことをしているんじゃないですか? 占いの方法に、コツがあるとか……」

 ずいっと顔を寄せてくる真珠ちゃん。かすかに漂う香水のにおいも、今日はやけにとがって感じられる。

「な、ないない、そんなの。そもそも真珠ちゃんに教えてもらうまで、メイズさんなんて聞いたこともなかったんだから……。そんなに疑うんならさ、真珠ちゃんもやってみたら?」

 わたしがそう言ったのは、単なる苦しまぎれで、夢でメイズさんが言った「占いを広めなさい」という言葉をおぼえていたから……というわけではなかった。

「……なるほど。では、試してみましょう」

 真珠ちゃんは頷くと、自分の腕時計のリューズをつまんで目を閉じた。

「メイズさん、メイズさん。瀬戸深月ちゃんの誕生日を教えてください」

 リューズをきりきりと回し、目を開く。真珠ちゃんは自分の腕時計から目を離さないまま、わたしに問いかけた。

「深月ちゃん、あなたの誕生日は?」

「ご、五月六日」

 黒目がちな真珠ちゃんの瞳が、一瞬、大きく見開かれたのがわかった。

 真珠ちゃんはなにも言わず、腕時計を差し出してくる。その針の向きを確かめた瞬間、わたしは背中にぞぞぞっと鳥肌が立つのを感じた。

「五時……六分……」

 わたしの思いつきは当たっていた。そのことが、なぜか恐ろしく感じられた。

「当たり……ですね。偶然にしては、あまりにもできすぎです。……ふうん。なるほど。理由はわかりませんが……深月ちゃんが転校してきたのをきっかけに、メイズさん占いが当たるようになった。それだけは、間違いないようですね。なるほど、なるほど……ふふふっ」

 いきなり真珠ちゃんが笑った。ちょっと怖い笑顔のまま、わたしを見つめる。

「深月ちゃん。このことは、私たちだけの秘密にしましょう。教えてもいいのは、信用できる本当の友達だけ。……いいですね?」

 わたしにはとても、「ダメ」なんて言う勇気はなかった。



 次の日。真珠ちゃんはメイズさん占いのことを、グループの中でも特に仲の良い三人にだけ教えて、それ以外には絶対秘密ということにした。

「むやみに広めて、占いを悪いことに使う人がいたら大変でしょう?」

 真珠ちゃんはそう言ったけれど、本当は「逆」だとわかっていた。自分たちが利益を独占するために、真珠ちゃんは占いのことを隠したのだ。占いの秘密を知らなければ、先生もクラスメイトも、真珠ちゃんたちが「ズル」をしていることに気づきようがない。



 それから、二週間が過ぎた。

 真珠ちゃんと一番仲のいい倉橋くらはしゆにちゃんは、占いのおかげでいきなりテストの成績が上がった。蒲刈かまがり若菜わかなちゃんはどの店でも売り切れの新型ゲームハードをあっさり手に入れ、大崎おおさき絵美えみちゃんは占いで出た時間ぴったりにハガキを出したら、雑誌の懸賞で新作コスメが当たった。

 真珠ちゃんはというと、メイズさんを使ってもっと複雑なことを占うため、時計の時間と五十音を組み合わせた表のようなものを作ろうとしていた。そんな準備までしてなにを占うのかとたずねると、真珠ちゃんはこう言う。

「お父さんの趣味が、デイトレードなんです」

「デイトレード?」

「安く買った株券を、高く売ってお金を稼ぐ方法のことです。百万円で買った株が三百万円に値上がりしてから売れば、二百万円のプラスになりますよね? 普通なら、それを予測するのはとても難しくて、逆に大損することも多いのですが……」

「ま、まさか」

「ふふっ。まだ、なにもしていませんよ。さすがに中学生の私がそんな大金を動かすことはできませんから。ともあれ……未来を知ることができるというのは、私たちの人生にとって、とても重要な意味があるということです」


 そうやってどんどんメイズさん占いにのめりこんでいく真珠ちゃんたちがなんだか怖くて、わたしは逆に、あまり占いをやらなくなっていった。

 あまり、と言ったのは、真珠ちゃんたちに誘われたときだけはどうしても断れなかったからだ。それと……テスト中や授業で当てられたときには、やっぱりメイズさんに助けてもらっていた。だって、みんなにバカだと思われたくないし……。

 そんなわたしをどう思っているのか、あれ以来、メイズさんは一度もわたしの夢に出てこなかった。

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