教室の女王(1)

 夢の中で、わたしはまた、あのお屋敷の庭にいた。

 花壇の奥には小さな東屋あずまや(屋根と柱だけで作られた、休憩用の小さな小屋のこと)があって、メイズさんがティーカップ片手にわたしを手招きしていた。


 近づいてみると、紅茶からはラベンダーの香りがした。

 これはわかる。わたしが枕元に置いた『お部屋の消臭剤』のにおいだ。ということは、これもやっぱり夢なんだろう。

「いらっしゃい、ミヅキ。私にたずねて、よかったでしょう?」

 メイズさんはそう言って、わたしに椅子を勧めてくれた。

「うん、ありがとう。まさか、本当に道を教えてくれるなんて思わなかった」

「あら、失礼ね。私、言ったじゃない。正しい答えを教えてあげるって」

 メイズさんの言葉づかいは大人びているけれど、クスクス笑う姿は見た目どおり、子供そのものだ。わたしは思い切って、昼間の疑問をぶつけてみることにした。

「ねえ。メイズさんって、何者なの? 人間……じゃ、ないんだよね?」

「さあ、なにかしら」

 メイズさんはいたずらっぽく笑う。

「私に言えるのは……ミヅキ、あなたと私は相性がいいってことだけよ」

「……相性?」

「そう。私の声が届く子供は少ない。何十年かにひとり、こうして夢に招くことのできる子が見つかればいいほう……。でも、あなたはそれよりずっと特別なのよ、ミヅキ。あなたがいれば、私の声は、もっと遠くまで届く。だから──」

 ミヅキ。もっと私を信じなさい。

 ミヅキ。もっと私の占いを広めなさい。


 そう言ったメイズさんの声がエコーみたいにぼやけて、夢は終わった。



 転校二日目。


 わたしは、昨日の帰りに起きたことを真珠ちゃんたちに話すべきか迷って……結局やめた。妄想癖のある痛いヤツだと思われるのが怖かったからだ。

 その代わり、あの占いを誰がはじめたのか、それとなく真珠ちゃんにたずねてみることにした。

「さあ……誰なんでしょう。私も、上級生から教えてもらっただけですから。上級生は、そのまた上級生から。上級生の上級生は、そのもっと上級生から……そんなふうにして、北斗市の子供たちに代々伝えられてきたみたいですよ」

「じゃあ、ずっと昔からあるんだ。で……メイズさん、っていうのは?」

「女の子の幽霊、だと聞いたことがありますね」

 ゆ、幽霊。

 うすうす、そうじゃないかという気はしていたけれど、こうしてハッキリ言われてしまうと、やはりちょっとだけゾッとした。

「瀬戸さんは転校してきたばかりでご存知ないと思いますが、学校の近くにある北斗ヶ丘に、幽霊が出ると有名な、洋館の廃墟があるんです。なんでも、昭和のなかばくらいに、お金持ちのおじいさんがひとりで住んでいたという……」

「……洋館?」

「ええ。お庭に、とても大きな生垣の迷路があったそうですよ」

 生垣の迷路。

 きっと間違いない。わたしが夢で見た、あのお屋敷だ。

「迷路のことを、英語で『メイズ』と言うんです。だから私達の間では、そのお屋敷のことはずっと『メイズハウス』と呼ばれていて……」

「メイズハウスにいる幽霊だから……メイズさん?」

「ええ。そのとおりです。幽霊の正体は、メイズハウスに住んでいたおじいさんの孫らしいという話でした。その子はずっと身体が弱くて、屋敷の外を知らないまま死んでしまったとか……。私にこの話をしてくれた先輩は、肝試しに行ったとき、一度だけ見たことがあると言っていました。夜、洋館の庭にぽつんと立っている……真っ赤な服の女の子を」

「へ、へえ……。そうなんだ。こわ~……」

 あやうくもう少しで、「その子、赤いつば広の帽子をかぶってなかった?」なんて口を滑らせるところだった。

 わたしが心臓をばくばくさせていると、真珠ちゃんがスッと身を乗り出してくる。

「でも、瀬戸さんがそんなことを聞きたがるとは思いませんでした。興味がわいたのは、昨日の占いが当たったからですか? それとも……怖い話が好きだからですか?」

「え? い、いや……別にそういうわけじゃ。なんとなくだよ、なんとなく」

 わたしは、そう言ってごまかした……つもりだった。

 でも、もしかすると、このときすでに、真珠ちゃんはわたしに目をつけていたのかもしれない。



 四時間目には、予告どおり数学の小テストがあった。


(やばっ……全然わかんない)

 エックスってなんだxって。なんで数学なのに英語が出てくるんだ。ちょうど引っ越しで休んでいたところに直撃する内容で、わたしは一問目からいきなり頭を抱えてしまった。○×問題が五問。計算問題が五問。せめて○×だけでもテキトーにつけておこうと思ったところで、ふと、おかしな考えが浮かんだ。


 テストの答えも、メイズさんで占えないだろうか。


(……いや、まさかね)

 うまくいくはずない。そう思ったけれど、なにもしなければどうせ零点だ。なら、やるだけやってみたほうがいい。

 わたしは腕時計のリューズを指でつまむと、目をつぶり、心の中で言った。

(メイズさん、メイズさん。問一の、正しい答えを教えてください)

 リューズを回して、目を開ける。文字盤は……ぴったり六時をさしていた。

(えっ?)

 でたらめにリューズを回したのに、時間ぴったりなんておかしい。しかも……。

(ハイが零時で……イイエが六時!)

 ちゃんと○×問題の答えになってる。

 わたしは背中に汗が浮かぶのを感じながら、問一の解答欄に×を書きこんだ。

 同じことをくり返す。零時。六時。零時。零時。つまり答えは○、×、○、○だ。ここまで来たら、計算問題のほうでも試してみるしかない。問六の答えを占ってみると、時計は零時七分をさした。ちょっと迷ったけど、解答欄には「7」と書いておく。続く四問は、零時二十二分、零時四十八分、一時二十分、零時三十三分。答えは22、48、120、33……と、解答を埋め終わったところで、先生がテスト終了を告げた。

「いいか、答え合わせするからなー。各自、赤ペンで丸つけろー」

 数学の先生が、正しい答えを読み上げていく。

 ×、○、×、○、○、7、22、48、120、33。

(げっ!! ……全部、合ってる!)

「十点満点、いるかー? いるなら手ぇあげろー」

 わたしは、おっかなびっくり手をあげた。

 他に満点は、真珠ちゃんとウーさんだけだ。教室のみんなが「おおっ」とどよめいて、私に注目する。

「やるな、転校生。さすが東京から来ただけはあるな!」

 そう言う先生に、わたしは「え、えへへ」と引きつった笑いを返すことしかできなかった。

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