夢と占い(3)

「さあ、みんな。ウーさんのことは忘れて、続きをしましょう」


 真珠ちゃんが明るい声を出して、空気を変えた。

 正直、わたしはとっくに帰りたくなっていたけれど……今さらそうも言えない。

「ええと……ハイが零時でイイエが六時、のところまで話しましたよね。だけど時計の針をうまく使えば、もっと複雑なことも占えるんです。口で説明するより、まずやってみましょうか。さて、瀬戸さん」

「う、うん」

「なにか、占いたいことはありませんか。好きな男の子のこととか、将来のこととか」

 急にそんなこと言われても……別に気になる男子もいないし、なりたい職業もない。しかたがないので、わたしはわざとおどけて言った。

「えーっと、やっぱお金持ちになりたい、かな~」

「ふふっ。正直ですね」

 真珠ちゃんが笑った。まわりの子たちもつられて笑う。一応、ウケたみたいでひと安心。

「それじゃあ瀬戸さん、リューズをつまんで、目をつぶってください」

「……つぶったよ」

「では、私の言うとおりに唱えて。メイズさん、メイズさん、教えてください」

「えっ?」


 今、なんて?


「メイズさん、です。ほら早く」

「メッ、メイズさん、メイズさん……教えてください」

「どこに行けば、お金が手に入りますか。……質問しながら、リューズを回してくださいね。私がいい、と言うまで止めないで」

「ど……どこに行けば、お金が手に入りますか……?」

 リューズをきりきりと回しながら、わたしは混乱していた。

 メイズさん? メイズさんって……今朝、わたしの夢に出てきた、あの?

 どういうことだろう。もしかしてわたし、まだ夢を見てる?

「瀬戸さん、もういいですよ。目をあけて……時間を確認してください」

 ぱっと目をあける。さっきと同じ教室。どうやら現実だ。わたしはそのまま、時計の文字盤を読みあげた。

「えっと。十時四十分」

「わかりました。では、短い針が指すほう……十時の方向を見てください」

 十時の方向は、わたしから見て、左斜め前だ。みんなの机の向こうに、先生が使う教卓が置かれている。

「占いの答えは、そちらにあります」

「長い針は?」

「長い針がさした数字は、歩数とか、なにかを操作する回数とか……占った人が、そのときどきで判断する感じですね。この場合は……そこから四十歩も進むと窓から落ちてしまいますから、八歩にしましょう」

 なるほど。長い針が指す四十は、大きな数字の八でもある。

「一、二、三、四……」

 わたしはかぞえながら、教室を横切って歩きだす。

 八歩目で、ちょうど教卓のところについた。もちろん、お金が降ってくるようなことはない。

「……で?」

 真珠ちゃんは少し考えたあと、

「お金持ちになるために、先生の言うことをよく聞いて勉強しなさい、ということではないでしょうか」

と言った。

 みんながくすくすと笑う。別におもしろくはなかったけれど、わたしも合わせて笑った。


 ま、占い遊びなんてこんなものだ。

 小学生のときはときどき「こっくりさん」で遊んだこともあったけれど、あれもただ、みんなで「誰々と誰々は両想いになる」とか「誰々先生は将来ハゲる」みたいな話をするのが楽しかっただけだ。別に、先生の頭髪に興味があるわけではない。


「そっか~。じゃあ先生、未来のわたしのために、これからよろしくお願いしますね」

 わたしはウケ狙いのつもりでそう言うと、教卓をぽんぽんと叩いた。

 ちゃりん。

 教卓から五百円玉がひとつ落ちてきて、わたしの足にぶつかって止まった。思わず真珠ちゃんたちを振り向くと、みんな、ぽかんとした顔で五百円玉を見つめていた。

 ……おいおい。占い、当たっちゃったよ。



 五百円玉は職員室に持っていって、江田島先生にあずかってもらうことにした。

 その日は結局、そのままの流れでなんとなく解散することになった。さっきの出来事に対しては、まだ、「めずらしい偶然もあるんだなあ」くらいにしか思っていなかった。

 わたしは校門を出ると、引っ越したばかりの新しい家に向けて歩きはじめた。


 ……そして、迷った。

(やばっ……。どこ、ここ?)

 どこかで曲がる場所を間違えたらしい。気づくと、見たことのない路地に入りこんでいた。

 人通りはなく、誰かに道を教えてもらうこともできそうにない。スマホは学校へ持ちこみ禁止だったので、家の充電器に刺さったままだ。

 このまま帰りが遅くなったら、お母さんも心配するだろう。とりあえず今が何時かを確かめようとしたら、腕時計は十一時十七分なんてメチャクチャな時間をさしている。そうだ。占いに使ったっきり、正しい時間に合わせるのを忘れていたんだ。

 そこでわたしは、あることを思いついた。

「メイズさん、メイズさん。どっちに行けば家に帰れますか。教えてください」

 わたしは目をつぶって、リューズをグルグルと回した。

 もちろん本気じゃない。どうせあてずっぽうに進むしかないなら、当たっても外れても同じだと思ったのだ。木の棒を立ててみて、倒れたほうに進む……みたいなノリだった。

 目を開けると、文字盤がさしていたのは三時二十四分。つまり、右に二十四歩進め、ということになる。そのとおりにすると、ちょうどT字路にさしかかった。そこでもう一度、占いをする。今度は、九時四十八分。左に曲がって四十八歩進むと、ぴったり横断歩道の前に到着した。

 おやおや。偶然にしてもよくできてる。

 ちょっと楽しくなってきたわたしは、時計の針がさすとおりに横断歩道をわたり、歩道橋をくぐり、スーパーの敷地をぐるっとまわりこんだ。

 すると。


「あっ」

 あった。わたし達が引っ越してきたマンション。

 わたしは通学路とは別のルートを通って、マンションの裏手に出たらしい。

 たちまち心細い気持ちがふっ飛んだ。わたしはマンションに向かって走り出す。だけど胸がドキドキしているのは、全力で走っているせいだけではなかった。

 五百円玉のことといい、帰り道のことといい……腕時計を使ったメイズさんの占いは、二回も的中した。ここまでくると、ただの偶然とは考えられない。きっと、夢の中で会ったあの女の子──メイズさんが助けてくれたんだ。

 あの夢は、ただの夢じゃなかった。そう考えたら、怖いくらいに胸が高鳴った。

 メイズさんとは、いったい何者なんだろう。人間? 神様? 宇宙人? それとも……お化け? でも「友達になりたい。」なんて言ってくるくらいだから、悪い人(?)ではないはずだ。とにかく、またメイズさんに会えたら、ちゃんとお礼を言おう。わたしは、そう心に決めた。


 ……すると、早くもその夜、また夢を見た。

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