覚悟

アラクが、わたしを窺うように見る。

今までの経験で、すぐにはわたしを信じることが出来ないのだろう。


「アラク、お願い。わたしに協力をしてください」


頷いてくれるように、覚悟を決めた表情で彼を見る。

実際に、予定していた事から大きく外れることになるため覚悟が必要なのよね。


「本当に逃げない?」


「えぇ、絶対に」


現段階でシュベリス伯爵の不正を正せば、アリアリス・チャス伯爵令嬢は気付くわ。

アランが手に入らない事態が起きたと。


とても、気になるでしょうね。

彼女の邪魔をしたのは誰なのかと。

そして教会で起こったことを調べた結果、わたしの存在を知ることになる。

アリアリス・チャス伯爵令嬢はどう動くかしら?


今までわたしは、物事を大きく変化させるつもりはなかった。

その方が、彼女たちの動きが読みやすいから。


でも、教会の現状を知った第二王位の婚約者ならどうするべきなのか?

誰かに報告だけして、手を引くことも出来る。


アリアリス・チャス伯爵令嬢にわたしの動きがバレたくなければ、そうした方がいい。

でも、動くなら。

大きく変化を起こすなら、わたしは彼女たちから逃げないわ。


覚悟を持って、わたしの名で大きく変化を起こさせる。

そして、第二王子の婚約者は「とても慈悲深い」「心根の優しい」女性だと、周りに印象付けて見せる。


周りに与える印象がとても重要なのだと、彼女たちから学んだ。

今世では「慈悲深い」も「心根の優しい」も、わたしが利用させてもらうわね。


「分かった。すべて話す。だから、ルルティを助けて」


両手をギュッと握ったアラクが、わたしを見上げる。

それに力強く頷くと、彼の手をギュッと握った。


「ありがとう」


アラクはギュッと口を閉じると、小さく息を吐きだした。


「『ルルティの買い手が見つかった。明後日に引き取りに来るから少しは身なりを整えておけ』って、教会によく顔を出す男性に、怖い顔をした男性が言っていたのを聞いたんだ」


アラクの話す内容に、アーニャが息を吞むのが分かった。


「その話をどこで聞いたの?」


わたしの言葉に、アラクは窓へと視線を向ける。

釣られるように、そちらに視線を向けると窓から教会の裏手が見えた。

そこに生えている大きな木も。


「大きな木ね」


「うん。小さなすっぱい実を付けるんだ。食べる物がない時は、あれを食べてる。すっぱいけど、お腹が空いているから」


アラクは、大きな木からわたしに視線を向ける。


「木の登って実を採っていたら、下から話し声が聞こえたんだ。とっさに隠れた。それでさっきの話を聞いたんだ」


「そう。教会によく顔を出す男性が誰か分かる?」


アラクは首を横に振る。


「それなら、どんな服を着ていたかな? 顔に特徴はなかった?」


「綺麗な服を着ていたよ。でも、いつもお酒臭かった。それに、いつも怒ってるし」


アラクの言葉に頷き、シュベリス伯爵を思い出す。


「体格は?」


「太ってる。あと、髪はくすんだグレーだった。あっ、口の下にほくろがあったと思う」


シュベリス伯爵で間違いなさそうね。

彼と話していたのは、お金を借りている相手の用心棒かしら?

怖い顔だったそうだし。

まぁ、それが誰であれわたしには関係ないわね。


「もう一人は、大きくて、顔と腕に傷があった。目つきが鋭くて黒い短髪だった」


アラクはしっかりしているわね。


「ありがとう。とても重要は情報だわ」


「役に立つ?」


「えぇ、もちろんよ」


ホッとした表情をするアラクの肩をポンと優しく撫でる。


「ハルティアお嬢様。教会の前に馬車が止まりました」


アーニャが窓を開け外に顔を出す。


「アーニャ、危ないわよ」


「大丈夫です。あっ、ミッテさんのようです」


「アーニャ、教えてくれてありがとう。アラク、手紙をある人に届けて欲しいのだけど、お願い出来るかしら?」


不思議そうに、わたしを見るアラクに笑みを浮かべる。


「分かった。いいよ」


「ありがとう」


教会の出入り口から、わたしを呼ぶ声が聞こえた。

アラク達と向かうと、五〇代の男性を連れたミッテが小さく頭を下げた。


「ミッテ、ありがとう。助かったわ」


「いえ、ハルティアお嬢様のお役に立てたのなら嬉しいです」


ミッテの言葉に嬉しそうに笑うと、初めて見る男性に視線を向ける。


「こちらは、治療院のオーギュ先生です」


「初めまして、オーギュです」


「オーギュ先生。わたしは、ルーツ侯爵家のハルティアと申します。雨の日に呼び出してしまって申し訳ありません。この教会のシスターを見て頂けますか? あと、子供たちもお願いします」


オーギュ先生に向かって頭を下げると、彼は少し驚いた表情をした。


「頭をあげてください。わたしは平民です」


「知っています。でも今は、わたしが先生にお願いしている立場ですから」


「分かりました。ではシスターから診ますね」


「はい、宜しくお願いいたします」


わたしの態度に、穏やかな笑みを見せたオーギュ先生。

ルーツ侯爵家と名乗ったあと、少し警戒されていたようだけどもう大丈夫ね。

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