ーー

教会の中は、外同様にあちこちが崩れ落ちていた。

壁には大きな穴が開き、天井からは雨漏りもしている。


「酷いわね」


壁に開いた穴を見て、困惑した表情を作る。

傍にいるアーニャが頷くのを確認してから、アラクを見る。


「いつからこんな状態に?」


「ずっとです。直せるところは直したけど……」


お金がないから、すべては直せないのね。


「そう」


悲し気な表情を作り、アラクの肩をポンと撫でる。


「あの、こっちです」


アラクがある部屋の前で止まる。

そしてそっと扉を開けると、中の様子をうかがった。


「アラク!」


女の子の泣きそうな声が聞こえると、アラクが部屋の中に入った。


「シスターは?」


「熱が高くて。もうどうしたらいいか」


アラクに続き部屋に入ると、六人の子供がいた。

そして、どの子も泣いている。


「誰?」


わたしに気付くと警戒するように視線を鋭くする、アラクの傍に立つ少女。

年齢は十歳ぐらいだろうか?


「少しシスターの状態を確かめさせてくれないかしら。薬を買ってきたいのだけど、状態が分からないと適した薬が買えないから」


わたしの言葉に、パッと表情を明るくした少女はシスターが寝ているベッドに視線を向ける。


「薬。本当に?」


「えぇ。すぐに買って来るわ。シスターの状態を見ていいかしら?」


「うん。お願い、シスターを助けて」


優しく見える笑みを浮かべながら、シスターの下に行く。


「シスター、失礼します。話は出来ますか?」


シスターの様子を窺うが、声に反応がない。

これは、かなり危険な状態だわ。

シスターの状態を簡単に確かめるとミッテを見る。


「ミッテ、近くの治療院から医者を連れて来て。薬では手に負えないわ」


ここまで悪化している場合は、早く医者に診てもらった方がいい。


「分かりました」


「あなたのお名前は?」


ミッテから、先ほどの少女に視線を向ける。


「あっ」


わたしの言葉に真っ青になっていた少女は、少し困惑した表情を見せる。


「急にごめんなさい。わたしの名前はハルティアよ。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」


この少女に、わたしの家名など必要ない。


「わたし、ルルティ。ルルティです」


「そう、ルルティ。教えてくれてありがとう、とてもいい名前ね」


わたしの言葉に、嬉しそうにはにかむルルティ。


「ルルティにお願いがあるの。ミッテにあなたの知っている治療院を紹介して欲しいの。シスターは医者に見せた方がいいと思うから」


「治療院? それなら案内します。ここに来てくれるお医者さんは少し遠い場所にいて」


少し遠い場所?

近くの治療院の医者は来てくれないという事かしら?


「ありがとう。とても助かるわ」


笑顔でお礼を言うと、少し嬉しそうにはにかむルルティ。

優しく頭を撫でると、ちょっとだけ驚いた表情をした。


「それでは、ルルティ。扉のところに立っているミッテを、今すぐ治療院まで案内してもらえるかしら?」


「うん、任せて」


「ありがとう。ミッテ、シスターは高熱が出て呼吸もかなり荒いわ。あと、意識が混濁しているみたいなの。あとは、子供たちも熱があるようだから、薬は多めに持って来てもらって。手間を掛けるけど、お願いね」


わたしの言葉に力強く頷くミッテ。


「任せてください。必ず医者を連れて戻ってきます。えっと、ルルティだね。よろしくな」


ミッテの言葉に、真剣な表情で頷くルルティ。

二人はすぐに、シスターの部屋から出て治療院に向かった。


「ハルティアお嬢様、医者が来るまでどうしますか?」


アーニャの言葉に、少し考える仕草を見せる。

そして、心配そうな表情を作り子供たちの方を見る。


「もう少し、この建物を調べましょう。ここは、どう見ても子供たちが預けられる場所には適していないわ」


そう言い切るとアーニャを見る。

彼女もわたしの言葉に賛成なのか、力強く頷いた。


「そうですよね。ここはどう見てもおかしいです」


聞こえているか分からないがシスターに声を掛けると、建物を見て回った。

雨風を防げる部屋は五部屋のみ。

他の部屋は雨漏りが酷かったり、窓が割れていたりと人が住める状態ではなかった。


「ハルティアお嬢様、ここは本当に酷いです。管理している貴族はいったい何をしているんでしょう」


アーニャの言葉に無言で頷く。


どうしようかしら。

お助けキャラのアランの弟を探し出して助ける予定だったのだけど。

この現状を知ったわたしが取るべく行動は?


「あの……」


声に振り返ると、アラクが真剣な表情で立っていた。


「どうしたの?」


「帰る時、ルルティを連れて行って欲しいんだ」


「えっ?」


アラクの言葉に、眉間に皺が寄る。


「どうして? ルルティに何かあるの?」


「…………」


「教えて、アラク。理由を知らないと、彼女を助けられないわ」


「……ウソだ。知ったらきっと、あんたは逃げるんだ」


アラクの言葉に、彼をギュッと抱きしめる。


「えっ」


腕の中から困惑した声が聞こえる。

「助けて」と手を伸ばしても誰も助けてくれない寂しさ、悲しさをわたしは知っている。

だから、悲し気な表情の彼を抱きしめてしまった。


「急にごめんなさい。アラク、あなたの力をわたしに貸して欲しいの」


決めた、シュベリス伯爵を潰す。


第2王子の婚約者は、優しく慈悲深い存在なのよ。

そんなわたしが、この現状を知ったら?

間違いなく、助けるために動くわ。


「俺の力?」


「そうよ。わたしが何をしたらいいのか知るために、あなた達の現状を知る事が重要なの」


「でも……」


「アラク、約束するわ。わたしは決して逃げないと」


シュベリス伯爵を潰せば、アランの弟も助かるはず。

アランを手元に置きたかったけど、アリアリス・チャス伯爵令嬢の従者にならないだけでもいいわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る