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「すみません。大丈夫ですか?」
外から御者の慌てた声がする。
「大丈夫よ。どうしたの?」
「それが、子供が急に馬車の前に飛び出しまして」
子供が?
「傍に親はいないの?」
「いないようです」
少し警戒しながら、馬車の扉に手をかける。
「ハルティアお嬢様、駄目です。危険です」
わたしの手を優しく包みアーニャが真剣な表情を見せる。
「分かっているわ。でも、子供が気になるの」
わたしの言葉にアーニャは頷くと、馬車の扉に手をかけた。
「わたしが見てきます。ハルティアお嬢様は、ここでお待ちください」
アーニャが馬車を下り、子供の下に歩きだす。
しばらくすると、馬車の扉を叩く音が聞こえた。
「ハルティアお嬢様。開けますね」
アーニャの姿に笑みを見せる。
「アーニャ、ありがとう。子供は大丈夫だった?」
「怪我はしていませんが、熱があるようです。話を聞くと、この近くにある教会で保護されている子供のようです」
「この近くの教会?」
わたしが行きたい教会の子供ね。
「はい」
「熱があるのにどうして外に出ているのかしら?」
「それが、教会のシスターが高熱で苦しんでいるから、薬を貰うために出てきたと話しています」
「そう」
わたしは、運がいいわね。
その子供を利用すれば、関わったことがない教会に行っても怪しまれないわ。
「子供を馬車に乗せて、教会に行ってみましょうか」
「えっ! ですが……」
アーニャの戸惑った表情を見ながら、少し悲し気な表情を作る。
「子供は国が守っている存在よ。熱が出ている状態で教会から出るのはおかしいわ。何が起こっているのか確かめないと。それに高熱で苦しんでいるシスターも助けないと」
わたしの言葉に迷ったように視線をさ迷わせるアーニャ。
「その子供が怪しいと思えば、馬車からすぐに追い出すわ。だから、まずは信じてみましょう?」
「分かりました。子供を呼んで来ます」
アーニャに連れられて来た子供は、戸惑った表情でわたしを見る。
「あの……本当に乗っていいの? おれ、汚いから」
頬を赤めた七歳ぐらいの男の子が、悲しそうな表情になる。
「大丈夫よ。教会まで歩くのは大変でしょう? だから馬車で行きましょう?」
優しく聞こえるように気を付けながら、男の子に声をかける。
男の子はわたしと馬車を見て、小さく頷くとそっと馬車に乗って来た。
が、なぜか座らずそのまま立っている。
「どうしたの? 座って?」
男の子は首を横に振る。
「服が汚れていて」
たしかに男の子の服はかなり汚れている。
椅子に座れば、椅子が汚れるだろう。
「大丈夫、気にしないで。危ないから座って」
優しく言うと、ちょこんと椅子に浅く座る。
「ありがとうございます。おれ、あの……薬が欲しくて」
男の子がポケットから銅貨を三枚取り出す。
「これで買えますか?」
これでは買えないわね。
男の子の手を優しく包み込み、優しい笑みを浮かべる。
「偉いわね。でも、それは次の時に使って? 今はわたしが持っている薬をあげるから」
わたしの言葉に、目を見開く男の子。
「いいの? くれるの?」
「えぇ、シスターとあなたにもね」
男の子はわたしの言葉を聞いて首を横に振る。
「おれはいい。もっと苦しんでいる皆に」
シスター以外にも熱で苦しんでいる子がいるようね。
教会に着いたら、必要な薬の数を確かめてから、御者かアーニャに買いに行ってもらわないと。
「ハルティアお嬢様、教会に着きました」
馬車の窓から外を見る。
視線の先に、今にも崩れ落ちそうな古びた教会が見えた。
まさか、こんな建物が教会?
壁だけでなく、屋根にまで穴があるわ。
「すごいわね」
調べさせたから、教会が酷い状態なのは知っていた。
でも、文字で読むより見た方がその現状は分かるわね。
「ハル、ハルティアお嬢様?」
えっ?
少し怯えたようにわたしを呼ぶ男の子に視線を向ける。
「どうしたの?」
「ここはその、とても貴族の方が来るような場所ではなくて。こんなとこに連れて来て、ごめんなさい。おれ、おれが悪いんです。おれ、お嬢様のためならなんでもします! だから許してください。教会にいる子たちは、関係ないです」
「すごい」と言ったから、わたしが怒っていると思ったのかしら?
「君の名前は?」
「えっ? あの、おれアラク! アラクって言います」
「アラク。ここに連れて来てくれて、ありがとう」
えぇ、本当に。
アラクのお陰で、堂々と教会に入れるわ。
「えっ? ありがとう?」
「そうよ。ありがとう」
わたしの言葉の真意が分からず、戸惑った表情をするアラク。
そんな彼を見ながら、馬車から降りる。
「ミッテ」
「はい、ハルティアお嬢様。なんでしょうか?」
御者のミッテが、すぐにわたしの下に来る。
「教会には、熱の出ている病人がいるようなの。薬がどれだけ必要なのか見て来るから、すぐに買いに行ってくれないかしら?」
「病人がいるのに入るなんて危険です! おれが教会に入って調べて薬を買ってきます。ハルティアお嬢様は馬車の中でお待ちください」
「そうですよ、ハルティアお嬢様。ミッテとわたしが見てきます」
「ふふっ、ありがとう。ミッテもアーニャも心配性ね。でも、教会がどういう状態なのか自分の目で確かめないと駄目だわ。これはおかしいもの」
少し予定を変更しないと駄目ね。
この現状を知って、慈悲深いわたしが何もしないなんてありえないもの。
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