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トラス・カーシュの手紙には、情報を売ってほしい旨が書かれてあった。

でもわたしが欲しいのは、お金ではなく情報。

だから、お互いに利用しあう関係を提案した。


しばらくして届いた手紙には、「交渉成立」とあった。

そこから始まった彼との関係は、少し不思議なものになる。


彼はプロのスパイだから、付き合うのにかなり注意を払った。

彼がもたらす情報を信じ込まず、そして彼の態度に惑わされない。


そんな彼との関係は、わたしにとっていい勉強になった。

相手の心理状態を知るためにはどこを見ればいいのか、どう話せば相手をうまく動かすことが出来るのか等。

王子妃の教育では教えてくれないさまざまな技をトラス・カーシュとの関りで得た。


そのお礼に、わたしは出来うる限りの情報を渡す。

それが原因で王家が窮地に追い込まれたとしても、わたしにとってはどうでも良かった。

だって彼等は、冤罪のわたしに処刑を言い渡すのだもの。


トラス・カーシュにとってわたしは、良い情報源だったのだろう。

わたしが教えた王家の情報は、スパイでは得られないものも多数ある。

そのお陰でわたしの価値は上がり、彼に命を救われた。


あの時は、とても驚いた。

まさか、トラス・カーシュがわたしを助けるとは思わなかったから。


そして、その行動のお陰で、わたしはバラスティア公爵の裏の顔を知る。

それまでバラスティア公爵のことは、紳士的な人物だと思っていた。

でもそれは、まったく違ったようだ。

バラスティア公爵は、ありとあらゆる悪事に手を染めていた。


それについて調べたのは、トラス・カーシュが紹介してくれたスパイ仲間だ。

わたしが、調べようとすると彼に止められた。

「バラスティア公爵は危険すぎる」と。

彼が止めたことに驚いたが、プロに任せた方がいいとお願いした。


トラス・カーシュの仲間が調べてくれた中に、興味深い情報があった。

まさか、わたしを毛嫌いする王妃と繋がっていたなんてね。

しかも王妃には秘密があった。


バラスティア公爵の情報も王妃の秘密も、とても危険な切り札だ。

使い方を間違えれば、わたしは簡単に殺されるだろう。

でも、彼等の弱みはとても役に立つ。

使い時さえ間違わなければ。



女性たちの歓声に、考え込んでいた意識が浮上する。

舞台を見ると、演者が並んで頭を下げていた。


昔を思い出している間に、公演は終わってしまったようだ。

まぁ、前回の死に戻りで見たので問題ない。


「すごい」


アーニャの声にそっと隣を窺う。

そして扇子で口元を隠した。


良かった。

出会いが早いので心配だったけど、無事に一目惚れをしたようね。


「本当ね」


アーニャの少し赤くなった顔がわたしを見る。

そして、興奮気味にトラス・カーシュの演技がいかに素晴らしいかと話し始める。

そんな彼女の興奮した様子に、小さく笑い声をあげてしまう。


「あっ、すみません」


「いいのよ。まさかここまで気に入ってくれるなんて。連れて来て正解ね」


わたしの言葉に、恥ずかしそうに笑うアーニャ。


「ハルティアお嬢様、今日は本当にありがとうございます」


「いいのよ。それよりギュータスが迎えに来るからまでに、少し落ち着いた方がいいわ」


「えっ?」


わたしの言葉にアーニャが少し戸惑い、そして真っ赤になった。


「あっ、会えるのでしたね。どうしましょう」


「落ち着いて。大丈夫よ、あなたは可愛いんだから」


わたしの言葉に視線をさ迷わせるアーニャ。

そんな彼女を優しく見つめる。


コンコン。


「失礼いたします。ギュータスです」


「あっ!」


慌てた様子で椅子から立ち上がったアーニャ。

そんな彼女の腕を軽く叩くと、恥ずかしそうに笑って椅子に座り直した。


「ふふっ。どうぞ」


「失礼いたします。ルーツ公爵令嬢様を楽屋に案内をしたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「えぇ、問題無いわ。アーニャ、行きましょうか」


「はいっ」


うわずった声のアーニャを、チラッと見るギュータス。

そして目を細めた。


「どうでしたか?」


「素晴らしかったわ。ね、アーニャ」


「はい。とても感動しました。特にトラス・カーシュ様の演技は最高でした」


「ははっ。それは良かった。楽屋にはトラスもいますから。楽しんでくださいね」


ギュータスの言葉に、赤くなるアーニャ。

そんな彼女を観察するように見るギュータス。


どうやらギュータスは、アーニャがトラス・カーシュに惚れたことと気付いたみたいね。


「こちらです。トラス、こちらへ」


あら、親切ね。


真っ赤に染まった頬でトラス・カーシュを見つめるアーニャ。

彼も、アーニャ恋心に気付いたのか、甘い表情を作って彼女の手を取った。


「初めまして、トラス・カーシュです。こんな可愛らしい方にお会いできて光栄です」


「あっ、えっとわたしは、わたしは――」


「アーニャ、深呼吸して」


「はいっ」


トラス・カーシュの手を握ったまま、何度か深呼吸するアーニャ。

それを微笑ましそうに見るトラス・カーシュ。


「ふふっ。可愛いでしょう? わたしのメイドでアーニャよ」


わたしの言葉に頬を真っ赤にしてトラス・カーシュを見る彼女は、誰の目から見ても恋をしていることが一目瞭然。


「えぇ、可愛らしいですね」


そんな彼女を、優しい笑みを浮かべ見守るトラス・カーシュもまるで恋をしているように見えた。


見つめ合う二人を見て、本当の笑みがこぼれる。


うまくいって、良かったわ。

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