三話 今、そして……。
朝日が昇り、部屋の中が明るくなる。
微かに人の動く音が聞こえてくる。
「そろそろ、来るわね」
わたしの専属メイド。
そして、わたしの部屋からあるはずの無い証拠を見つけた裏切り者のアーニャ。
あなたには、どんな最後がお似合いかしら。
でもその前に、わたしのために働いてもらうわ。
コンコンコン。
さぁ、始めましょうか。
「どうぞ」
表情に気を付けながら、部屋に入って来たアーニャに視線を向ける。
「おはようございます、ハルティアお嬢様。今日はいいお天気ですよ」
「そうね」
「今日は、第二王子殿下とのお茶会ですね。青いドレスを用意していますが、変更はございませんか?」
あぁ、第二王子殿下と会う日だったわね。
「えぇ、彼の瞳の色だから、それでいいわ」
顔を洗い、身支度をする。
「そうだ、アーニャ。明日にでも舞台を見に行かない? 今王都で話題になっている物語なのだけど、どうかしら?」
「えっ、いいのですか?」
「もちろんよ。わたしが第二王子殿下の婚約者に選べらたことで、アーニャには苦労を掛けてしまうから。それに、今までもわたしを支えてくれたわ。その感謝の気持ちでもあるの。だから、どうかしら?」
「はい。ありがとうございます、ハルティアお嬢様。舞台、とても楽しみです」
「良かった。明日は楽しみましょうね」
嬉しそうなアーニャを見て、わたしも笑顔になる。
『アーニャは、舞台俳優に貢ぐお金欲しさにわたしを裏切った。まぁ、それだけでは無いのだけど』
「明日の物語には、舞台を見た女性たちの誰もが虜になってしまうほど、魅力的な俳優が出ているそうよ。どんな方なのかしらね?」
「その俳優でしたら、メイドたちの間でも話題になっていました。凄く魅力的な方だそうですよ?」
「そう? 楽しみね」
髪を整え終わると、部屋を出てダイニングルームへ行く。
「おはようございます」
ダイニングルームには、すでにお父様とお兄様がいた。
「おはよう。今日は大切な日だ。しっかり第二王子殿下の心を掴んでくるように」
お父様の言葉に、笑みを作る。
そんなわたしを見て、満足そうな表情をするお父様。
無言のまま椅子に座り、食事の前の祈りを捧げる。
そして静かに食事を始めた。
「お父様」
食事が終わり、水を飲みお父様に視線を向ける。
「なんだ」
ダイニングルームに持ち込んだ仕事に目を通しながら、おざなりに答えるお父様。
「明日、メイドと一緒に舞台を見に行きたいのですが、よろしいでしょうか?」
チラッとわたしを見るお父様。
そして微かに、眉間に皺を寄せた。
「メイドと舞台に?」
「はい。わたしの専属メイドには、これまでとても助けられました。そのお礼がしたいのです」
わたしの言葉に、お父様が少し考えこむ表情をした。
「それに、わたしもこれから王子妃教育が入り忙しくなります。その前に、少し息抜きをしておきたいのです。最高の状態で王子妃教育に入りたいので」
お父様が、わたしの専属メイドアーニャに視線を向ける。
「そうだな、息抜きは必要か。メイドと一緒というのが気になるが、まぁいいだろう。行ってきなさい」
「お父様、ありがとうございます」
チラッと、ダイニングルームの扉の傍に立っているアーニャを見る。
お父様の言葉が聞こえたのだろう、嬉しそうな笑顔になっていた。
食事が終わり、部屋に戻ると第二王子殿下に会うための準備を始める。
「出来ました」
鏡越しに見るアーニャはとても満足そうな表情をしている。
「ありがとう。とても綺麗だわ」
「それは、ハルティアお嬢様がお綺麗だからですよ」
「ふふっ。ありがとう」
いつも通り、優しい微笑みを意識して表情を作りアーニャに視線を向ける。
彼女はわたしの満足そうな笑みを見て、嬉しそうに笑った。
アーニャを連れて馬車に乗る。
そして王城に着くと、第二王子殿下が待っていた。
「会えて嬉しいよ、ハルティア嬢」
「わたしも嬉しいですわ。第二王子殿下」
第二王子殿下に笑顔を向けると、彼も笑顔でわたしを見つめた。
「今日も綺麗ですね、ハルティア嬢は」
「ありがとうございます。第二王子殿下、そう言っていただけとても幸せですわ」
王子殿下にエスコートされ、ゆっくりと歩く。
庭に差し掛かると、第二王子の足が止まりわたしを見る。
「今日はバラ園でゆっくり話をしようと思って、準備をさせて置いたんだ」
「まぁ、ありがとうございます。素敵ですね」
バラ園は、第二王子殿下が恋人との逢瀬でよく利用される場所。
だから、あまり好きな場所ではないけれど仕方ないわよね。
「まぁ、美しいバラ園ですわね。素敵な場所を教えていただけで、とても嬉しいですわ」
第二王子殿下を、微笑んで見つめる。
「ハルティア嬢が、気に入ってくれて良かった。ここは俺にとって、特別な場所なんだ」
「そうなのですね。そんな場所をわたしに教えて下さるなんて、わたしはとても幸せですわ」
第二王子殿下とガゼボでお茶を楽しみながら、ゆっくりと話をする。
何度も、何度も繰り返したこの無駄な時間。
早く、明日にならないかしら。
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