彼女たちがいた一階から三階に、足音を立てないように駆け上がる。


「はぁ、はぁ」


全身が熱い。


「くっ」


口を手で覆う。

そうしなければ、叫びだしそうな気がした。


がたっ。

がたっ。


廊下を急いで進みながら、次々と扉に手を掛ける。


「開かない」


ぽたっ、ぽたっ。

視界が涙でにじむ。


こんな姿を、誰かに見られるわけには行かない。

早く、どこかに隠れなければ。


がたっ。

がたっ。

がたっ。


「お願い、開いて」


がっ、からからから。


扉が開くと体を滑り込ませ、扉を閉める。

ズルズルっと扉を背にその場に座り込むと、地面に手を着く。


「はぁ。はぁ。はぁ」


ふつふつと、沸き上がるような怒りに襲われる。

今すぐ、彼女たちの元に戻り息の根を止めたい。

笑っていた彼女たちの頭に、椅子をおもいっきり叩きつけたい。


「駄目、駄目よ。落ち着くの」


そんな簡単に、彼女たちを殺していいの?

わたしは、何度も、何度も殺されたのに。

刺される痛み、信じてくれない悲しみ、裏切られた絶望。


「殺したら、それで終わってしまう。そんなの、絶対に駄目よ」


彼女たちには、わたしが経験したことを少しでも味わってもらわないと。

そう、あの尊厳を踏みにじられる絶望も。


「そうよ。あの地獄を彼女たちも味わうべきだわ」


今回も、わたしを襲わせると言っていたのだから。


「ふふっ。今度は、わたしの番よ」


高ぶっていた気持ちが、少しずつ落ち着いてくる。

顔をあげると、棚に嵌め込まれたガラスに姿が映っていることに気づく。


「ふふっ」


涙にぬれ醜く笑う自分の姿をジッと見る。

そして視線を逸らした。


「わたしは、愚かね」


初めて死に戻りをした時、わたしは混乱した。

死んだはずなのに、生きているのだから。


あれが、夢だったのか。

それにしては、あまりにリアルで。

なにより家族が、友人が夢で見た通りに行動することに恐怖を覚えた。

そうして気づけば、また冤罪で処刑が決まった。

困惑しながらも、第二王子との関係を一回目より良くしたのに。


そして処刑が行われ、また目が覚めた。


最初の時のような混乱はなかった、でも凄く悲しい気持ちに襲われた。

この死に戻りでは、「死んで、五年前に戻っていること」を、父と兄に言った。

でも、信じてはくれなかった。

当然よね。

彼らには、前の記憶がないのだから。


わたしは、その死に戻りで友人たちとの交流を多くした。

そして学園では、彼らと多くの時間を過ごした。

そうすれば、わたしが第二王子の恋人を虐めていないと分かってくれると思ったから。


でも友人たちは、わたしを裏切った。

彼らは、わたしが犯人だと証言したのだ。

わたしが、無実だと知りながら。


そしてまた処刑され、目が覚めた。


混乱も驚きもない。

ただ虚しくて。


その死に戻りでは、第二王子に恋人が出来た時に婚約解消を求めた。

何度も父と兄を説得した

でも彼らは「大丈夫」というばかり。

学園に行けば、また冤罪を被せられる。

だからわたしは、部屋に引きこもった。

父は、学園に行くように何度も説得する。

でもわたしは、それを無視した。

父は怒り狂い、頬が腫れ上がるほど叩かれた。

でもわたしは、けっして学園に行くことはなかった。

それなのに、また冤罪で捕まる。

わたしの友人という者たちが、わたしの指示を受け第二王子の恋人を殺そうとしたらしい。


わたしは処刑され、そしてまた目が覚めた。


ただただ、呆然とした。

なにをしても、どうやってもわたしは処刑される。

その現実に、涙がこぼれた。


その死に戻りでわたしは、父と兄との関係の改善を試みた。

心のすみで、無駄だと感じていたが。

でも、もうどうしていいのか分からず、血の繋がりにすがったのだ。


でも、やはり無駄だった。

父は簡単にわたしを捨てた。

兄はわたしを睨み付け「家の恥だ」と蔑んだ。

彼らはわたしが、無罪だと知っていたのに。


「いらないわ。あんな家族。そうね、彼らにも復讐したいわね」


幼い頃は大切にされていると思った。

でも違う。

彼らにとってわたしは、家と王家を繋ぐ道具。

道具としての価値が無くなったら、捨てられる存在。


わたしを殺したのは、彼女たちだけではない。

冤罪と知りながら、わたしを捨てた家族。

そして、偽りの証言をした専属メイドにかつての友人たち。


「あらっ。わたしのまわりには、わたしを殺したい者ばかりだわ。ふふっ、全員に復讐するのは少し大変そう。でも、とても楽しみだわ。まずは、いろいろと思い出さないといけないわね」


これまでの死に戻りで、わたしはそれぞれ違う行動をしてきた。

そのおかげで、多くのことを見て、そして知っている。

それらが、活躍しそうだわ。


「ふふふふっ」


不思議なものね、切り捨てると決めたら心がすっきりしたわ。

ずっと、家族や友人たちに向けていた、胸のもやもやもない。


「もう、期待なんてしない。わたしから捨ててあげるわ」


わたしはあの日に誓った。

わたしを苦しめた全ての者達に復讐すると。

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