二話 過去。

私はかつて、死に戻りを繰り返す現実に絶望し、すべての感情を失った。

ただ家族が求める完璧な王子妃を演じ、教師たちが望むように微笑み続けた。

まるで人形のように。


不意に叫びたくなる時が、あった。

でも第二王子の婚約者であるわたしは、注目される存在。

だから、たえず微笑み皆が求めるわたしを演じ続けた。


でもある日、わたしは無意識に逃げ出した。

ほんの少しでも、本当の自分を取り戻したかったのかもしれない。


そして逃げた先で、わたしは、彼女たちの関係を知った。

そして、わたしが磔や火刑になった原因も……穢された理由も。


知った瞬間、心の底から憎悪が湧き上がった。

あの時の衝撃、憎しみ、苦しみは今も忘れられない。


そしてわたしは、その日から「今のわたし」になった。



わたしが通う学園には、使わなくなった校舎がある。

誰も足を踏み入れない場所。

逃げるには最適な場所。


足を踏み入れると、とても静かで気持ちが落ち着く。

どれくらい時間が経ったのか、ふと話し声が聞こえた。


不思議に思った。

誰もいないはずなのにと。


なんとなく、話し声がする方に歩きだした。

二人分の女性の声。

聞いたことがあるような……。


あぁ一人は、アリアリス・チャス伯爵令嬢。

第二王子の恋人。

もう一人は、フィリスリア・バラスティア公爵令嬢みたいね。

彼女は、侯爵子息の婚約者。


楽し気に話す二人に、足が止まる。


少しだけ羨ましくなった。

わたしには今、親しい友人はいない。

最初の頃はいた。

でも、彼らはみんな……わたしを裏切った。


二人の笑い声に、邪魔をしてはいけないと離れようとした。

でもアリアリス伯爵令嬢の「次はどうやってハルティアを処刑してもらう?」という言葉に、動きが止まった。


意味がわからなかった。

なぜアリアリス伯爵令嬢は、わたしの処刑について話しをしているのだろう?

第二王子と出会ったばかりだから、まだ誰からも虐められていないはずなのに。


静かに、二人がいる部屋に近付く。

見つからないように、注意をしながら。


「まだ決めてないよ。それにしても、あと二人でコンプリートだね」


フィリスリア公爵令嬢の嬉しそうな声が、部屋に響く。


「そうそう。長かったよね。まさかリアルで、攻略対象者を全制覇できるなんて夢みたい。しかも、全制覇したら……」


「「隠れキャラの登場!!」」


「あ~楽しみに。ねぇ、どっちを攻略するの?」


「もちろんわたしは、バロン様よ」


「よかった。アリアリスがそっちで。わたしはネルー様が推しだから」


「ねぇ、さっきの続きだけど」


「なに?」


「今回は、悪役令嬢のハルティアをどうやって処刑する? 面白そうだと思った方法は試したけど、どれもいまいちだったよね。磔は汚らしかったし。火あぶりは肉の焦げる臭いで最悪だったよね」


「でも、毒殺は面白かったわよね。あの澄ました顔が歪んでいくの! 笑いそうになるのを耐えるのが大変だったわ」


アリアリス伯爵令嬢の言葉に、ギュッと手を握る


「そうそう、あれは傑作だったわ! やっぱりハルティアが死ぬ瞬間は最高よね」


「そう! だからこそ前回は悔しかっわ」


「あぁ、男たちにハルティアを襲わせた奴ね。本当は、地下牢にいた時に襲わせる予定だったのに。まさかあんなに早く追放してしまうなんて」


フィリスリア公爵令嬢の言葉に、口を手で覆う。


「そうそう。ハルティアの悲壮な表情が見れると楽しみにしていたのに、まさか移動中の馬車の中とか! 私たちが見て楽しめないじゃん。もっと考えないと駄目だね。あと二回しか、ハルティアを殺す機会はないんだから」


「本当だね」


「「あははははっ」」


頭が殴られたように痛い。

いったい彼女たちは、なんの話しているの?


「この乙女ゲームのいいところは、ダブルヒロインだよね。二人の仲が拗れると失敗だけど、協力すれば絶対に成功するから」


「そうそう。攻略もそれほど難しくないしね」


「うん。でも第二王子の攻略は、飽きちゃったなぁ。ちょっと誉めるだけで好感度が勝手に上がっていくんだもん。もう少し、難しくてもよかったかも」


「なにを言っているのよ。第二王子を攻略しないと、始まらないんだから頑張って。まぁ、頑張らなくてもすぐに攻略できるキャラだけどね」


「あははっ、そうそう、チョロすぎるって有名だったもんね。でも今回、王子を攻略したら次は平民なんだよね。この平民も攻略は簡単だから、やる気がいまいち出ないよぉ。でも、お金はたくさん持っているから、いっぱい貢いでもらう予定だけどね」


「わたしは侯爵子息を攻略したあとは伯爵子息。このキャラ、あんまり好きじゃないんだよね。でも、推し様のために頑張るわ!」


「そうすべては押し様のため! でも今回はいまいち盛り上がらないよね。そうだ、今度こそ地下牢でハルティアを襲わせない?」


「なに、もう一度挑戦するの?」


「だって、あの顔が歪むのを見たいんだもん。今回は楽しみが少ないからさ」


「あはははっ。アリアリスは性格が悪いわね!」


「フィリスリアにだけは言われたくないわ。斬首刑以外の処刑方法を考えたのはあなたじゃない」


「だって、毎回斬首刑だと面白くないもの」


怒りで叫びだしそうだった。

でも、駄目。

今は、ここを離れるのよ。


ゆっくりとその場を離れる。


気持ちが悪い。

彼女たちの話を聞いてから、吐き気と頭痛が収まらない。


「ははっ」


彼女たちの話は、意味のわからない部分もかなりあった。

でも、わかったこともある。


「わたしに、あんな処刑を求めたのはあいつ等なのね。男たちに襲わせたのも」


ギリッと奥歯から音がすると、口の中に血の味が広がった。

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