第7話 「――剛力転身」
言葉に続いて光輝が現れた。
体から一瞬強い光が漏れる――変化は劇的で、しかも一瞬だった。
「――ック?まさか本当に焦点具が……だが無駄だ!僕の――我が家の宝槍『呻きのペサマム』に貫けぬものなどない!」
それを間近で見たトライデントの男が光の中に自分の槍を突き立てる、光が薄れるとそこにあったのは、貫かれて無残な死体をさらして――
「――なっ!?」
――いなかった。
見れば、体に当たった槍が、何かに阻まれて止まっている。
想定通りの何かが起こったことを察した少年は、弾かれるように反撃に動いた。
空手の下段払いの要領で槍を払って腹部に正拳の一撃を加える。
「ごぐっ!?」
反撃の効果は顕著だった。
相手の足が中空に浮き、弾かれた勢いのままはるか後方に跳んだ。
ゴンッ!と重い物をぶつけたような音を響かせて彼は舞台端の柵に体をぶつけて止まった。
ゆっくりと体勢を戻す、体の痛みがずいぶんと和らいでいるのが分かった。
ゆっくりと体に視線を落とす――勾玉から流れてきた記憶の通り、自分の体がまったく別の物に変異しているのが見て取れた。
それは異形の存在だった。
その体は灰色の、まるで鱗のようにも、あるいは花弁のようにも見える『鎧』で覆われており、まるでそそり立つ一つの植物のようにも、彫像のようにも見える。
顔すら蕾のようなものに覆われたその体で最も目につくのは胸部の中心でかすかに表出している薄緑の結晶体――あのヒスイの勾玉だ。
ゆっくりと拳を握る、その指もまるでツタに覆われたように緑色だ、花弁のように大きい花びらのような固く、それでいて柔らかい装甲が指先まで覆っている。
強く握った拳は、無限に力を籠められるのではないかというほど強くかたく握られている。
「に、兄さん?」
心配そうな声が後ろから聞こえる。
振り向かずにそちらを見れば、そこには不安げにこちらを見ている少女がいた。
「それ……」
「――あー……元には戻るから心配しないでくれ。」
振り返りながらの一言、相手に完全に背を向けるわけにもいかないので半身になりながら声をかけた彼は困ったような色の浮かぶ声をしていた。
「そ、そう……なの?」
驚いたように目を見開き、こちらを見ていた少女はその声を聴いて困惑したように声を上げた。
「ああ、たぶんこれがお兄さんの言ってた――」
バチンッ!とこめかみのあたりに衝撃が走る。
それが意味するのは――さすような敵意だ。
衝撃が走った側の腕をはね上げ、打ち出された水の玉を拳で打ち払う。
「ふ、ふふっ、まさか本当に焦点具を持っているとはね……だが、所詮は旧式のガラクタ、僕の家宝にかなうほどのものではない!」
「そいつは……結構なことだな。」
何か気の利いたことでも言おうと一瞬思案したが――結局何も思いつかなかったらしい植物の化け物はひどくおざなりに返事をして見せた。
「先ほどの一撃は運よくしのげたらしいが次はない――死ね!」
もはや殺意を隠しもしなくなった男が叫び、またしても驚くような速度で地を駆ける。
二歩でトップスピードに到達した彼は槍を振りかぶって大上段から降り降ろした。
石畳を砕き、円形の柄で鉄を二つに切り裂くほどの鋭さの振り下ろしは――しかし、植物の化け物が振り上げた腕に阻まれて止まった。
「――なッ!」
「ふむ……同じ土俵なら存外軽いな。」
片や全体重、片や腕一本、拮抗するはずのない力関係はしかしどうしたわけかつり合いが取れていた。
「っく!」
槍を引き戻す、どういった焦点具かは不明だが、あの体は並外れた強度があるらしいと、評価を修正したトライデントの男は最も威力の出る攻撃――すなわち、刺突攻撃に動きを変えた。
「――ぁあぁあぁああッ!」
高速の三連撃。
胸に二発、最後に脚部に一発。
フェイントを絡めての攻撃は、まるで吹き抜ける風のように早く、相手に迫る――
「……ふむ?」
――しかし当たらない。
一発目の胸部への一撃を体を半身にして躱し、二発目を刃の部分を手で払って捌く、足への一撃を片足を上げて躱しながら槍の柄を踏み、動きを抑えてから反撃の裏拳を放つ。
鼻面に一撃を受けて「ぶぎょ!」と妙な声を上げたトライデントの男が後退した。
まるで未来でも予期しているか、考えが読まれているかのように体を動かし、ごくごく小さい動きでかわされる突きはトライデントの男を驚かすのに十分すぎる程異常な光景だった。
実際、彼の感じた感覚は正しい。
今の彼は実際、彼の思考が読めるのだ。
彼が今、どのように彼を感じているのかも、次にどこを攻撃しようとしているのかも、もっと言えばフェイントをかけるタイミングすら、彼にはわかる。
そこに彼の持つ卓越した先読みの技術が合わさり、彼には次にこのトライデントの男がとる行動が手に取るようにわかるのだ。
――そう、彼は今『心が読める』のだ。
あの勾玉から告げられた事実を思い返す。
自分の中に眠る力の存在、そしてそれが、他の次元においてどう呼ばれているか――
――超能力/
人の――生物の精神の中に起因するパワーの源であり、無限の可能性であり、彼の内側に眠る大いなる力。
クロノス・エレンホスの中に眠っていた力とはこれだ。魔力ではない、気功のような力でもない、彼の精神からもたらされる絶大な力。
この姿もその力によるものだった。
「……ふむ……」
体を見つめる――先ほどの振り下ろしのような高威力の一撃を受けてもひしゃげることもなく、槍の穂先を手で払っても花弁のような外皮は傷一つつかない。
湧き出す力はこの体はおろか、転生以前の体に比べても圧倒的に高いパフォーマンスを発揮している。今の体なら掌で手伝って引き裂けるだろう。
また、体の痛みがほとんど残っていない。体の傷が癒えているのだ。
この花弁のような外皮の下で自分の体が高速で細胞を増やし、『成長している』のだろう。
『この勾玉の情報通りか……なんなんだかなこいつ。』
『――まあ、何でもいい。』
胸に視線を向ける。あの勾玉は先ほどまでと特に変わりのない様子で胸の中心に鎮座している。
子の結晶が何なのか、彼にはわからない。ただ――少なくとも、彼はこの結晶のおかげであの少女を助けてやれる。今はそれで十分だった。
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