第8話 決着
『い、一体何が……』
一方で、トライデントの男の方は混乱の極みにいた。
当然だろう、彼からすれば雑魚をなぶって気持ちよくなろうとしたに過ぎないのに、こんな事態になっているのだ。理解できるはずがない。
それでも、トライデントの男は内心の驚きと疑念を胸にしまい、彼は自らの武器にさらなる魔力を籠め、その力でもって相手を滅殺すべくトライデントを振るう。
「なんの焦点具かしらないがその程度のこけおどしでぇ!」
実際、彼の目にそれはこけおどしにしか映らない。
最初に見た時はその異様な姿に慄いたがよく見てみれば、あれは全身装着型もしくは生体変異型と呼ばれるひどく古い代物だろう。
人がまだ魔力というものになれていなかったときに作られたそれは、全身の魔力の循環を助ける働きがある。あのタイプはひどく昔に廃れた――有用性が下がったからだ。
魔力は万能に近い力だ、これさえあれば体を鋼のように固くすることも、風より早く走ることもできる。
そんな力があれば身を守る盾はいらない、魔力が体を守るからだ、体表に力場を生み、致命的な力から身を守ることができる『鎧の秘術』が生まれてからというもの、全身装着型は廃れた。
効率が悪かったのだ、全身に魔力を回せば鎧を着ているのと同じだけの防御能力が担保できる、焦点具には魔力を回す必要があるがその魔力を使う量も全身に行き届かせる分多い。ついでに言えば鎧の秘術を使う上で消費する魔力は焦点具に使う分とは別に担保する必要がある。
洗礼された技術を前に、その古い傑作はあまりにも非効率的すぎた。
だからこそ、彼にはこれがこけおどしに見える、歴史を知らないそこらのぼんくらならばともかく、自分は違う。
欠点も利点も熟知している彼に負けはない――そう信じていたのだ。
だというのに、この体たらくはなんだ?
彼は憤っていた。なぜだかわからないが自分の前に立ちふさがって来るこの男に、そして、この雑魚を倒せない自分に。
怒りが魔力に火をつけ、その性質をトライデントの示す物――すなわち水に作り替えた。
勢いよく噴き出して水は刃になり、城壁に使われるような硬い石ですらバターのように切り裂く。
これならば!と彼は勢い込んで躍りかかる、彼の習い覚えた卓越した槍術の腕は研鑽を怠ったとて、常人に躱しきれるものではない。
燃え上がる魔力を使い、高速で接近して放った六連撃はしかし、先ほどと同じように簡単にかわされた。
胸を狙った突きは先ほどの焼き直しのようにかわされ、足を狙った突きもさらりといなされた。
斜めに切り裂くように放った一撃は屈んで躱され、足元を切り払った一撃はそのままの姿勢での跳躍で回避される。
そのままの勢いで体をぐるりと回しての一撃は半歩下がっただけでかすめる距離に逃げられ、大上段の一撃に合わせるように踏み込んで放たれた正拳の一撃が再び体を弾き飛ばした。
再び柵にぶつけられた体が軋む、呻きながら顔を上げれば取り巻きの生徒が困惑と嘲笑の綯交ぜになった顔でこちらを見下ろしている。
ありえないことだと彼は思った。
彼は侯爵家の出だった、男爵家の彼とは生まれが違う。
このうらびれた家督を継ぐことすら出来なかった雑魚に自分が負けるはずがない、そう信じていたのに――
『――ありえない!この!この僕が!』
彼にとり、爵位や地位とは力の象徴だった。地位のある者こそ強い血脈を有し、その血にこそ力が宿るのだと。
だと言うのにこの男の存在はそれを否定するかのように立ちふさがる――許せないと思った。
「馬鹿な……なぜだ!なぜこんな――」
自分が与えられた宝具でも傷一つつかない焦点具など聞いたこともない。彼は慄き、震え、混乱の極致にあった。
「――何故と言われてもわからん、僕に分かるのは――」
声がした。
「――お前と僕が戦ってるのはあの子に不埒な真似をした君の責任だってことだけだ。」
慌てて後ろを振り向けば、そこには植物とも彫刻ともつかない化け物がいた。
「――お、おまぇ!僕にこんなことして……どうなるかわかってるのか!」
「わからん、他人に無理を迫るチンピラ一人潰して何になると?」
心底わからない、と言いたげに怪物が言う。この声音には一部の動揺もない。
「――っ!ぼく、僕は負けない!まけられないっぃぃぃぃぃ!」
叫んで、魔力を注ぐ。
あらわれたのは球状の水塊だ。植物の化け物の眼前に突如として現れた、これは彼の切り札――
「――水爆弾だ!消し飛べ!」
「!」
瞬間、恵まれた生まれによって生まれた莫大な魔力の量に裏打ちされた超圧力から解放された水が爆発的な勢いで周囲に向かってその圧力を開放した。
それは水圧で作る爆弾だ、術の解除と共に周囲に勢いよく発散される衝撃波は人の内臓を押しつぶし、体を無残に四散させる。
「――兄さん!?」
「――やった!あははははっ!」
叫ぶ、この距離での爆発なら『鎧の秘術』越しですら致命的な怪我を負わせることができる。
この一撃なら、全身装着型だろうが何だろうが粉々にできるはずだ――彼は高笑いを上げる、背中を柵につけての大笑いだった。
「――ん?ああ……」
声が聞こえる。それも近い距離で。
「――ぇ?」
その声はトライデントの男を凍り付かせるのに十分だった――
なにせその声は目の前から聞こえるのだ、あの植物の化け物がいた場所から!
茫然と視線を向ける、そこにはあの植物の化け物が平然とこちらを見ていた。
「――これで終わりか?」
そう聞いてくるその姿は水爆弾を食らう以前と寸分の違いもなかった。
「な、何で……」
「何故と聞かれてもな……強く力を入れて耐えた。」
その言葉に男の思考は真白になった。もはや彼にはどうにもならないことが起きていた。
「――じゃあ、次は僕の番ってことでいいな?」
そう言いながら、彼は高く拳を振りかぶった。
「ひぃぃぃ!たす、助けてぇ!」
言いながら、彼は後ずさろうとして自分が策を背にしていたことを思い返す――逃げ場はなかった。
「いいか、この体については僕もよくわかってないんだ、だから――」
拳に力が満ちる、自分の身を守る『鎧の秘術』を二度もたやすく粉砕した拳があの二度の攻撃を超える威力で放たれようとしている。
「――死ぬなよ?」
体が動いた。
打ち出された拳は先ほどまでの速度をはるかに超えて打ち出されて――
「ひぃぃぃぃぃ……!」
――目の前で止まった。
植物の怪人と化した桐青に、この男の顔面を打ち抜くつもりはなかった――そんなことをして怪我などされても目覚めが悪い。ゆえに警告にとどめるつもりだった。
のだが――
「――あら……」
トライデントを持った男――ジャスター・ポットラビッヅはピクリとも動かなかった。
またぐらが少々湿り気を帯びた彼は白目をむいて柵からずり落ちている――失神させてしまったらしい。
『……怖がらせすぎた……かな?』
まあ、この程度なら誤差だろう、彼らだって自分の妹にひどく恐ろしい思いをさせたのだ。
植物の化け物が審判を担当する生徒の方を見ればそこにはすでに誰もいない――ついでに言うなら、取り巻きらしき二人もだ。
『逃げたか……』
おそらく、そこの失禁ボーイが自分に負けそうなだと見たとたんに逃げを打ったのだろう。
まあ、それならそれでもいいだろう。浅い知識だが、どうやら決闘に勝てば彼女にはもう手出しができないらしい。
植物の化け物――いや、蕾の怪人はゆっくりと振り返り、こちらを見て泣きそうな顔をしている少女に向かって微笑んで――膝から崩れ落ちた。
『またかい……』
どうにも自分はこの手の人助けをすると倒れるらしい……と、どこか遠くで見ているもうひとりの自分が感想を漏らした。
かすんでいく視界の中、慌てたように駆け寄ってくる銀灰色の少女を見ながら彼は思う――
『――次の目覚めも別の世界だったりするんだろうか――』
と。
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