第3話 逢瀬
「あなたのような素敵な女性に出会えるなんて、奇跡のようだ。ああ、妻より先に出会っていたなら、迷わずあなたを選んだだろうに」
私の目の前に、人気俳優の岡崎ジョージがいる。
「そんな……。新婚なのに、そんなこと言っちゃダメですよ。奥様は美人だし、才能もあって、私なんかよりよっぽど素晴らしい方じゃないですか」
ジョージは最近、美人女優、九条桜子と電撃結婚したばかりなのだ。大々的にニュースになっていた。テレビをあまり見ない私でさえ、知っている。
「ああ」
ジョージは、瞬時に顔を曇らせた。
「結婚して気づいたんです。妻と僕は合わないって。妻は仕事にかまけて、家事を全然やらないんです。たまに手作り料理を作ってくれても、カラーライスとか牛丼とか、簡単なものばかり。簡単なのに、まずいし。そのくせ愚痴だけは多くてね。ああしろ、こうしろってひとにダメ出しばかりして。家庭は僕にとって、地獄そのものですよ」
ジョージは、堰を切ったように新妻の愚痴をこぼした。溜まっているものがあったのだろう。
「まぁ、そうなんですか。可哀想。料理なら、私、得意なんですけどね。ジョージさんに作って差し上げたいわ」
私はジョージにいたく同情しながら言うと、彼は飛び上がらんばかりに喜んだ。
「本当ですか! 嬉しいなあ。じゃあ、上がっていきませんか?」
「え……」
そうだった。私とジョージは、ジョージの自宅マンションの、玄関先で話をしていたのだった。
「でも、奥様が……」
戸惑う私にジョージは、「構いませんよ。妻は仕事で留守なんです。さあ、上がって上がって」と、半ば強引に私を招き入れる。
逡巡した末、私は、「じゃあ、少しだけなら」と、おずおずと玄関をあがった。
「こっちがリビングです。さあ、どうぞ」
ジョージに促されてリビングに入る。
「まぁ、素敵なリビング!」
私は思わず歓声を上げた。趣味のよいシックな家具で統一されたリビングは、美人女優、九条桜子のイメージ通りだった。
と、その時、ジョージが後ろから私を羽交い絞めにしてきた。
「な、何をするんですか?」
戸惑う私の耳元に口を寄せ、ジョージは「あなたを愛してる。あなたの全てが欲しいんだ」と囁いた。私の頭を、夫の顔がかすめた。私も、確か最近結婚したはず……。
「ダメです。私には夫が」
必死に抵抗するものの、ジョージの魅力に負けてしまい、熱い抱擁とキスを交わす。そのまま床に倒れ込むようにして、私たちは愛し合った。
夢のようなひとときだ。
「ちょ、ちょっと!声が大きい。妻が起きちゃう!」
狼狽するジョージに口をふさがれ我に返った。
ジョージは怯えた顔をしている。
隣の寝室の扉が少し開き、そこから般若の面のような恐ろしい顔をした女が立っていて……。
そこで目が覚めた。
夢だった。
ダブルベッドの隣には、夫が心地よさそうに寝ている。ジョージに似ても似つかないご面相の夫だ。
そもそも私は、ジョージのことなんてそんなに好きではなかったのに。何故こんな夢をみてしまったのだろう。性的な夢はフロイト的にはどういう意味があったっけ? 欲求不満?
そう言えば、新婚にもかかわらず、結婚してからずっと仕事に忙殺され、深夜遅くに帰宅すると疲れて寝てしまうことが多かった。
もしかしたら、ニュースでジョージの結婚の話題を見たのが頭に残っていて、ジョージの妻、九条桜子と自分がシンクロして、こんな夢を見てしまったのかもしれない。私はそれからしばらくは罪悪感から、夫に優しく尽くした。
しかし、それから一年後、私たちは離婚した。
原因は、夫の浮気だ。
夫は、結婚当初から、ひとりではなく両手にあまるほどの女性たちと、逢瀬を楽しんでいたのだ。不覚にも私は、仕事にかまけて、全く気づかなかった。
母に離婚の報告をしに行くと、母は、申し訳なさそうな顔をして言った。
「ああ。あの人、気をつけといた方がいいとは思ってたんだよ。なかなかあんたには言いづらかったんだけどね……」
「どういうこと?」
「実はね、あんたたちが結婚して間もない頃、あんたに用があって、夜遅くにマンションに寄ったのよ。あんたは寝てるって言われたんだけど。……世間話ついでにあの人に俳優の岡崎ジョージに似てるっておだてたら、気をよくしちゃって。お母さん、あの人に口説かれちゃったの……。すごく、口説き慣れてる感じがしたのよね……」
挙動不審な母の態度に、私は鈍器で頭を殴られるようなショックを受けた。
あの夢は、母と夫の現実の話し声が夢に投影されたものだった……!?
だとしたら、どこからどこまでが現実なのだろうか。
もしかして……
いやいや、あれはさすがに……。
了
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