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織笠は自動車の助手席でそわそわしていた。運転席にはカイが乗っており、車は東京郊外へひたすら走っていた。
今では電気自動車が主流であり、ここにも精霊が密接に関係している。
例えば、風がエネルギー源となる風力発電には、風の精霊使いが風を起こし、ウィンドミルを回す。そのシステムに連携した充電ステーションで充電することで、ほとんどの車は動いている。
全ては環境保全のため。
人間の科学と、精霊使いの能力が融合した証がそこかしこに存在しているのである。
「……聞いてもいいですか?」
「何だ?」
速度メーターを気にしながらカイは運転している。法定速度をしっかり守ろうと意識しているところも、彼の生真面目さが窺える。
「どうして俺がアークに? あそこって確か、一般人は入れないはずですよね?」
織笠が率直な疑問をぶつけてみる。精霊保全局――通称『精保』からここまで会話らしい会話はほとんどなく、車内には気まずい空気が流れ込んでいた。ただ、気まずさを感じているのは多分織笠だけなのかも知れないが。
しばらく待っても返答は来なかった。カイは何か思案しているのか、赤信号で車が停止したタイミングでようやく口を開いた。
「――君は精霊使いについてどれだけ知っている?」
「……え?」
突飛な質問で返され、織笠はカイを見る。カイは前方を向いたまま、無表情。織笠が戸惑っていると、信号は青に変わり、車は再び動き始めた。
「えっと確か……、半世紀以上前に突然この国やってきて、崩壊しかけた日本を救ったんですよね? 俺が生まれる前なんで、あまり知らないんですけど……」
「そう。最初にやってきた精霊使いは六人だけだった。精霊は自然の力。彼らはこの力を用いて日本を変えた。その貢献があったからこそ、今の俺たちがこうしてこの世界で暮らせているんだ」
「凄いですよね、その心遣いというか……。だって、最初はかなりひどい扱いを受けていたって話を聞きましたけど」
「俺たちはこの国の人間にとって非科学的な存在だからな。受け入れられないのも当然だよ」
「それでも、ただ困っていたからという理由だけで助けようとするなんて、中々出来ませんよ。根本的に違いすぎるのに……」
織笠が素直に感想を述べると、カイは微かに苦笑いを浮かべる。
「彼らに恩を売るつもりはさらさらなく、純粋にこの国を救いたい気持ちだけだったと思う。でも、だからこそ、俺たち精霊使いには、でしゃばってしまったという罪悪感がどこかにあってね。これだけ時代が進んで、精霊使いがどんどん増えても君たちを尊重する気持ちを忘れてはならないんだ」
人間には決して迷惑をかけない。一歩引いた立場から人間をサポートする――それが俺たち精霊使いの役割だと、カイは強い口調で言った。
「で、でも精霊使いがいなかったら今は無いんですし……。俺には想像がつきませんよ、精霊のいない社会なんて」
それは何も織笠だけに限ったことではない。
人間誰しもが精霊に依存し、あって当たり前だと思っている。
なぜなら秩序は彼らの努力によって保たれているのだから。
「……優しいな、君は……」
柔らかく変化した笑顔が、こちらに向けられる。
一昨日の事件からここまで、めまぐるしすぎてそれどころではなかったが、こうして間近で見ると男の自分でも息を飲むほどの美形だ。レアが言っていた同僚の女性にモテているという話にも納得がいってしまう。
が、それも一瞬のうちに消え、視線は前方に戻される。
「アークはその最初の六人の精霊使いが建造した、精霊をこの社会へ運用させる施設。日本にアークは六つあって、各地方に配置されているのは知っている?」
織笠は頷いた。それぐらいなら小学校の授業で習った……ような気がする。記憶は曖昧だが。
アーク直轄である精霊保全局も同じ数だ。二つの機関はどこも隣接するように建てられている。
わざわざ分けた理由については、自然を管理するためには都心部に集中しても意味がない、という精霊使いサイドからの考えらしい。適材適所。地域の特色に合った場所に配置した方がより効率的なのだ。
ちなみに今から行くのは、一番初めに創設された『陽』のアークらしい。
「君も目撃したように、俺たちが確保したマナはあそこへ送り届けられる。マスターというのは、アークの管理者なんだ」
「じゃあ……、マスターはインジェクターの上司……ってことになるんですか?」
「立場上はそうかもな。だが、そもそも彼らは俺たちの世界では特に優れた能力の持ち主だった。俺たち一般の精霊使いとは比較にならないほどの」
カイは、「だからこっちの世界に渡ることも出来たんだが」と付け加え、さらに続ける。
「六人の精霊使いは各属性を統べる長として、俺たちを導いてきた。精霊使いにとっては絶対的な存在なんだ」
自然のエネルギーから生まれる精霊には、六つの種類がある。
その六つとは、炎・雨・風・大地・陽・闇。
精霊使いは、生まれながらにこの六つの内どれかの力を潜在的に秘めている。そして、マナから精霊を顕現させる修練を幼少期から積み重ねることで、ようやく精霊使いとして一歩を踏み出すわけだ。
精霊使いのいる世界では、特に資質の優れた者を長に任命するのだが、その認定には大変厳しい基準がある。能力に加え、精神の健全さ。例え、どれだけ精霊を操る術に長けていようが、倫理に反する行いを取れば容赦なく次期後継者候補から外される。
それだけではない。後継者候補にはさらなる試練が課せられ、それを見事成し遂げた者だけが長の地位に就けるのである。
その長が現在、全員日本に集結しているわけだからかなりの驚きだ。
「だから俺たちは畏敬の念を込めて“マスター”と呼んでいる」
「そんな偉い人が何で俺を……」
「普通はお目にかかれないんだけどな。今回の事件について報告したら是非君に会いたいと仰ってな……」
カイにもよくは知らされていないらしい。
これから行われる前代未聞の“謁見”は、精保でも一大事のようだった。あの後、レアもカイを問いつめ、気難しい顔をしながら首を捻っていた。
織笠は外に目を移す。
帰りたい。そんな織笠の気持ちをもてあそんでいるかのように景色が家からぐんぐん逃げていく。
着実に目的地に近づく中、カイはちらりと横に目を動かす。ガラスには不安そうな織笠の顔が映っている。
それを見たカイは、
「……まぁ、あまり失礼の無いようにな」
それはカイなりの気遣いだった。心配してくれるのは嬉しいが、不器用すぎて織笠の緊張は余計に高まってしまったのだった。
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