第廿四話 〜河の民〜その拾弍

 身動きが取れず薬師を凝視する茨木童子。


「貴様ァ!最初から我をめるつもりだったのかよ!」

「嵌めるとは聞き捨てならん。元より此度の私の目的はお前達の討伐。昔のように酒で騙された時と同じ轍を踏んだお前達が愚かだったのだよ」


 茨木童子はうなされ続けていたものが本当のことであったと察した。


「やはり、お前はあの時私の腕を斬りやがった呪詛師・・・帝殺しの呪詛師!」


 薬師は被っていた竜骨の面を上げ、茨木童子に向かって不敵な笑みを浮かべた。


「久しぶりだな茨木・・・繋ぎ合わせた腕の具合はどうかな?」

「まさか・・・この腕にもなにか仕込んでいやがったのか?」

「左様、ハルアキラには反対されたのだがな、

いずれお前が腕を奪い返しにくるであろうと綱の屋敷にあったお前の腕を差し替えておいたのだよ」


「何っ!?」


すえで作った物だが長い時間をかけてお前の体に馴染んだようだな。良き良き」


「良くねえわ!とっとと返しやがれ!」


「お前、気がついておらんのか。お前は既に腕を取り戻しておるぞ、その腹の中にな」


「な、んだと?」


 茨木童子はもう一つ思い出した。

大枝山、鬼の洞窟に封印されていた時に入り口を護っていた稲荷狐のことを・・・

背中を向けている狐を背後から襲い頭から全て喰らったことを・・・


「ぐえぇぇぇッ!」


 茨木童子は激しく嘔吐した。

「だから『愚かなことを』と言ったのだ。

もはやお前の腕はこの世に在らず。諦めよ」

「・・・」

「と、思っておったのだが気が変わった。

茨木、私のしもべにならぬか?」


 茨木童子は薬師の言葉の意味が理解できず唖然とした。

「何を・・・言っておるのだ?」

「分からぬか?お前を私のものにしたいと言っておるのだ」


 茨木童子の顎を掴み、顔を近づける。

「お前に初めて勝った男のことが忘れられなかったであろう。逢いたくてたまらなかったであろう。私に抱かれたいと思ったであろう?私にその体を汚されたいと思ったであろう?」

「そんなわけねぇ!手前ェをぶっ殺したくてたまんねぇんだよッ!

私と闘え!その内酒呑童子がここに来る。その時が浪花と河の郷と手前ェの最後だァ!」


「その生意気な言い様、ますます殺すには惜しい。だがいつまで強がっていられるかな?」

 薬師は唇と茨木童子の唇を重ねる。

茨木童子は抗えず口移しで飲まされる腹中蟲を飲み込まざるを得なかった。


「何を・・・飲ませた?」

「お前の意に寄らず私の思い通りにできる操魂蟲そうこんちゅうだよ。その気になればお前はいつでも私の慰みものにだって出来る」


「そんな事してみろ。手前ェを本当にぶっ殺す!」

 茨木童子は薬師に向かって唾を吐こうとしたが何かに阻まれてできなかった。


「師匠、そんな事してみろ。私がふたりをぶっ殺す」

 蝦蟇蠱がブツブツと聞こえないように呪詛を送っていた。


「おぉ強い強い。私の縛で押さえつけているにも関わらずそこまで抗えるとは気に入った。やはりお前は殺さぬ。しばらく静かにしておけばお前もあの四体の鬼も命は奪わぬ。彼の方の依頼であるからな」


「彼の方?」


「お前を戒めていたのは火界咒かかいしゅだよ、わかるだろう?」


「まさか・・・『揺るぎなき守護者』か?!」


 一瞬、茨木童子の眼が泳いだ。


-揺るぎなき守護者、五大明王のうち大日如来の化身、若しくは脇侍とされる不動明王のことである。


「命を助けてやろう。但し、明王様の現身うつしみ、行者様に使えるものとして」

「他の連中はどうなる」

「今頃童に宝玉を抜き取られておるだろうよ」


 茨木童子は信じられないという顔を見せていた。

引き連れていた鬼の軍勢は千体。

人よりも大きな姿の者、一振りで何人もの人間を血祭りにあげられる武器を備えた者がたったひとりの子供に倒される訳がない・・・


「などと思っているであろうが、生憎私の弟子は誠に優秀でな、図体ばかり大きなお前たちでは捕まえることも叶わぬ」

(なにせ私が捕まえられなんだくらいだからな)


 茨木童子はこみ上げてくる笑いを抑えることができなかった。

全ての企てを逆手に取られ、進むことも退がることもできなくなった。

 ただひとつ、茨木童子には望みがあった。

酒呑童子がまだ山で待機しているのだ。


「勝ったつもりかよ!我らの首領がくればお前達などあっという間に捻り潰してくれるわ!」

「その首領とやら、お前たちがこのような状況なのに何故お出ましになられないのかな?」

「はっ?!」


 昔から酒呑童子とは共に戦って来た。いつも傍に立っていた。

だが今は洞窟の奥深くから外に出ようとしない。


何故だ?


ずっと違和感を感じていた。

まさか・・・酒呑童子は・・・


「そのまさかだよ、お前たちが弱りきった時を見計らって全てを喰らうために降りてくる・・・」

「まさか・・・酒呑が?!」


「村長!頃合いです。街衆をお願いします」

"心得た!"


 薬師は町外れに待機していた河の民達に浪花の人々を郷に退避させるように指示を出した。

 何百という人間を河の民は河の郷へ転移させる。

蝦蟇蠱や佳の江たちの手筈で整然と、だが着実に。


 街衆の退避が無事終わった頃・・・

 茨木童子の後方に何かが空から舞い降りてきた。

それは着地すると大きな地響きと砂塵を街中に響かせた。


「師匠〜ッ!ヤバいのが来たヤバいのヤバいのがッ!」


 河の童が全力でこちらに向かって走ってくる。

巨大な黒い影が童を捕まえようとゆっくりこちらに向かってくる。

「ヒェッ!こっち来んな!」

影の体の一部が弾けて童を狙う。


「こっち来んなって言ってるだろがぁぁぁぁッ!」


 童が影に向かって手印を構える。

「水!壁!アタイを護りなさいってのッ!」

水の障壁が童と影の間に立ち塞がり攻撃を受け止める。

 激しい水煙と砂塵が辺りを包む。

攻撃が収まり徐々に視界が回復する。


 その先に現れたのは-


「しゅ・・・酒呑・・・」


 茨木童子にとって見覚えのある姿形、だが天を見上げるかのような巨体と無数の刀疵、首は在るべきところにはなく、それはその者の手に握られていた。


それは昔、大枝の山で首を刎ねられた酒呑童子の姿そのままであった。


第廿四話 了

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