第廿参話 ~河の民~その拾壱
夕刻の浪花…
大枝の山を下り、淀の川を越えて鬼達がやってくる。
先頭に河の童、そして護衛(という見張り役)として茨木童子、
その周りを四天王が囲む。
(やはり酒呑童子は山から下りられぬか…)
おそらく酒呑童子は大枝の山、というよりも鬼の洞窟から出ることが出来ない。
それがあの鬼の命を繋ぎとめる限界なのだ、と薬師は考えていた。
こうして鬼の首領である酒呑童子と他の鬼を完全に切り離した。
「なあ、青鬼」
「青鬼ではない。茨木だ」
「いばらき、手を繋いでくれ」
「なんでだ?!」
「不安だ。浪花のやつらはアタイをやっつけようとしているんだろ?」
渋々童の手を握る茨木童子。
偉そうな言葉遣いをしているがやはり子供、不安なのだろうと茨城童子は思ったようだ。
護衛と言いながら浪花に着いたら人間の前に放り出すつもりだろうが。
「約束だぞ、アタイのことを全力で護れ」
「わかった…」
「なら安心した」
童は茨城童子の手を強く握る。童の眼が妖しく光っていたことを鬼達は気づいていない。
(怒りの姿と暴なる力をお持ちである守護尊こと不動明王。この者の迷いを打ち砕きたまえ…)
手を繋ぎながら小さく
鬼達が河の郷を襲った時との違い、
それは薬師が茨木童子の行動を支配できることであった。
(問題はいつ、童と入れ替わるか、だな…)
あとはせいぜい茨木童子に浪花と河の民を護ってもらいましょう、と
童の姿をした薬師が不敵な笑いを浮かべていた。
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日が沈む。
赤く焼けた空が次第に漆黒の闇となり、はるか遠い星々を満天の空に映し出す頃…
浪花の街はずれに鬼の集団が到着した。
「ここでお前を開放する。河の郷に戻るがよい」
茨木童子が河の童から離れようとする。
「ん?護ってはくれんのか?いばらき」
童の発した言葉が茨木童子の頭の中で木魂する。前に進む童に付き従うように歩を進める。
「な…なぜ?!」
そしてその挙動を
「茨木!」
「茨木ちゃん?」
「茨木!なにをしている?」
「お前、まさか裏切るつもりか?」
四天王たちの方に向き必死の形相の茨木童子。
「ち…違う!体が勝手に!
おいクソガキ!お前、私に何をしやがった?」
動揺する茨木童子に向かって童は笑っていた。
「約束したろう?アタイを全力で護るって」
「?!」
「お前たちがアタイたちを利用して浪花のみんなをけしかけようとしてることはお見通しだよ。悪いけどここからはアンタたちを利用させてもらう。」
遅れて四天王たちも童に引っ張られるように前に歩き始めた。
「なんだ?足が勝手に!?」
「なにこれ~!気持ち悪ぅい!」
「お前の喋りの方が気持ち悪いぞ虎熊!」
「皆!おちつけ!おい茨木!いったいどうなってる?!」
茨城童子は童を睨みつけた。
「この…クソガキが!」
「ほら…余計なおしゃべりしてるまに変な奴らがこっちに来るよ」
「なに?」
茨城童子は視線を浪花の街に向けた。
家からひとり、ふたりと外に出てこちらに向かってくる。
「だれや?この街で見かけん顔やな」
「こんな夜に何しとんね?」
「おい、あの子供…もしかして?」
「そうや、あの河童や!そうに違いない」
「何しに来たんや?!また殺しに来たんか?!」
街衆が騒ぎを聞きつけて集まってくる。
「ちょい待て、ガキの後ろにおるんは…何や?」
茨城童子の姿かたちに街衆は鬼である、と気がついた。
「河童やない!鬼や~!鬼が攻めてきよった!」
騒ぎだす街衆、茨城童子たちは動揺を隠せない。
「なんだ…なぜ?私が?」
「おい、こっち見てみな」
「は?!」
茨木童子が童の方を向くと、そこには殴られたのか腫れて傷だらけになった顔があった。
「お前ェ・・・」
「驚くのはこれからだよ、見てな!」
「な・・・何をするっ!やめろ!」
茨木童子は何かに操られるように一歩、また一歩と前に進み街衆に向かって大声で叫び始めた。
「あーっはっはっはっはーっ!
聞いて驚け見て叫べ!
只今より大枝山に棲まう鬼達がお前たちを喰ろうてやる!
手始めに先刻攫ったこの河の童の顔をこのようにいたぶってやったわ!
河の民もろともお前たちの命も今日限りと思え~!
あーっはっはっはっはーっ!」
「やっぱり、河の民は悪くなかったんや!」
「可哀想に!全部鬼達の仕業やったんか!」
街衆の中から怒号が聞こえる。
蝦蟇蟲と
「こらクソガキ!話を作るな!」
「話を作ったのはどっちだよ?ヒトの子を河の民が殺したって嘘をばらまいたのはアンタ達だろ?」
「…なぜそれを知ってる?洞窟で捕らわれていたお前がなんで知ってんだよ?!」
「おっと大きな声は出さない方がいいよ…これを見なよ」
童は茨木童子の身体から伸びている細い四本の糸を見せた。
「貴様…我らの宝玉を!?」
「そう、アンタたちの尻子玉。変な真似をしたらどうなるだろうね」
「お前ぇ…本当に童か?」
童は茨城童子に答えた。
「そうだよ、アタイは河の童…ではござらぬ。河の童に
「お前ぇ…やっぱりあん時の!」
「童!借りた体を今返す!飛んで来い!」
狼狽える茨木童子を尻目に駆け出す童。
そして遠くの方から砂煙を上げて走ってくる男。
「アタイの体、返してもらうよ~!くすりやぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
童と薬師が交差する。ふたりが背中合わせで立つ。
「師匠、頼むよ。待ちに待ったご対面なんだから、失敗したら師匠の尻子玉ぶっこ抜くからね!」
「わかっておる。私もようやくこの未熟な体とおさらばできるかと思うと高揚が抑えきれぬわ!」
「み・・・未熟っ!アンタまさか・・・アタイの体で変なことしてないでしょうね?!」
童は顔を真っ赤にして薬師を睨んでいる。
「ふむ・・・そこまでは考えてはおらなんだが。
なんなら今からでも色々と試してみてもいいがの」
「ダメ!絶対するな!」
「ハハハハ!当たり前だ。かわいい教え子を悲しませるようなことはせん」
「なんだ、私は変態幼女好み師匠と年増好みチビの痴話喧嘩を見せられているのか?」
群衆の中で蝦蟇蠱が冷めた目を薬師に送っている。
「まぁまぁ蝦蟇蠱ちゃん。アンタのお師匠さん誰にでもあんな態度とる人やから」
佳の江も呆れていた。
「さあ、長き余興はこれまで!そろそろ大詰めと参りましょうか!
『魂を再び元の器に戻さんと欲す。依代は鬼四体の宝玉、入れ替えしは我と河の童。我が願い叶え給へ!』」
「依代だと?お前たち!逃げろっ!」
茨木童子は四天王達に向かって叫ぶが童の手から四天王達に伸びた細い糸がピンと張り童がそれを強く引くと四体の鬼の下腹部から丸い光が浮き出してくる。
「な・・・なんだ?」
「え〜やだぁ気持ち悪い〜!」
「お・・・おい!どうなるんだ?」
「ダメだ!止められないッ!」
四天王は体の自由を奪われ抗うことができない。
「今だ!童、これを思い切り引っ張れ!」
童(薬師)は薬師(童)に四本の糸を手渡した。
「待ってましたあッ!
『アンタたちの尻子玉、頂戴仕る!』
ざまぁ見ろぉ!へっへー!」
鬼達から宝玉が引き抜かれ童と薬師の周りを取り囲む。
「ほ・・・星熊、虎熊、熊ぁ、金ぇぇぇぇぇっ!」
茨木童子は四天王が力を失い膝をつき、倒れていく様を泣き喚きながら見る事しかできなかった。
「いざ!再び御霊を入れ替える!
『御霊還し』ッ!」
薬師と童の足元に大きな円陣が展開する。怪しく輝き激しく回転する。
しばらくして光が収まるとふたりの体と魂は元に戻り目を合わせる。
「うまくいったか?」
童は自由に動かすことのできる自分の体を確認して大きく頷いた。
「問題ないね。変なもんもぶらがってないし、これで好きなだけ暴れられるってもんだよ!」
「では、思い切り暴れてこい。私は茨木童子の相手をする!」
「任せなって!」
童は速足で後方に構えている鬼の大軍に向かっていった。
「飛べば早いのに・・・やはり高いところから落としすぎたか?」
薬師は呆れながら改めて茨木童子の元へ歩を進める。
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