第廿壱話 〜河の民〜その九

「出ろ!」


 牢が並ぶ区画に鬼の声が響く。

鍵を開ける音のあと、扉が開く。や

横になっていた童は起き上がり、促されるまま鬼の後をついていく。

覚醒には程遠い子供と踏んでいるのか、手や足に枷は付けられず監視役であろう鬼が一体。


 洞窟をの中はひんやりとはしているがジメッとした感じではない。外部から風が入ってくることで一年中温度と湿度が一定なのであろう。かび臭さも腐敗臭も感じない。


(案外快適に過ごせるのかもしれないな)と薬師は

考えながら歩いていた。


それにしても体が落ち着かない!

 大柄な鬼と歩幅が違いすぎて小走りでついて行くのが精一杯、いつもと違う目線の高さに感覚がついていかない。

 最大の違和感は足の付け根周りである。

日頃気にもせず常にそこにあったがないのである。

 同じ事を今、童が河の郷で感じているだろうか。

とりあえずはここに童の魂がいない事に安堵しつつ、童と次に会ったときにどのような反応を薬師に示すか・・・


 鬼に悟られないようクククと笑いながらついていく。

広間に茨木童子、大枝山の四天王と呼ばれる四体の鬼、そして中央奥、台座に腰をかけたもう一人の鬼、酒呑童子が童をじっと睨みつけていた。


「こちらに来い、河の童」

 酒呑童子が童に手招きする。

昔から横柄な態度をとる奴であった、と思い出しながら酒呑童子の元へ進む。


 薬師としての気配は消してあるので鬼たちに気取られる事はない。

もともと鬼たちの霊力は力関係を保つために隠すつもりがないのか、他の種族の

おそらく童を浪花の街中で解放するとか話を持ってくるのだろうが・・・


「長い間郷から遠ざけておったがそれも今日限りじゃ。お前らの郷とは話がついた、お前を郷に返す」


「どういう・・・こと?」

「実は明日、我ら鬼と河の民で浪花に攻め入る事にしたのよ」


 やはり童を囮にして河の郷と浪花を争わせるつもりか

 とりあえず話を合わせておく事にする。


「戦うのか?」

「そうじゃ。今、浪花は河の民を倒さんと息巻いておる」

「どうして?」

 童との会話を思い出しながら話し方を真似る。


「お前は知らぬのだったな。浪花では河の民は人を溺れさせ命を奪うと噂が流れておる」

「河の民が浪花を滅ぼすのか?」

「河の民だけでは心もとなかろう。だが我ら鬼とお前たち河の民の力があれば、浪花などあっという間に我らの手に落ちる」


 流石に作り話がすぎる・・・こちらを子供とみて『虐げられている河の民と手を差し伸べる鬼とよこしまな人間』と言う作り話を信じ込ませたいのであろう。

薬師の体であれば指摘したいところであったが此処は話を合わせるしかない。


「人間か・・・いい思い出なんかなかったし、アタイたちがヒトを殺すと思い込んで河童とか馬鹿にしたような呼び方をしてる奴らのことなんかどうなっても構わないよ」

「ほぉ・・・」


 何かと世話になっている浪花のことを悪く言うのは気が引ける。だが酒呑童子は興味を持ったようだ。

 鬼の話を聞きながら薬師は酒呑童子から漂う気を見極める。

昔、首を斬った時と変わらぬ気配。

誰ぞが憑依しているか、と警戒していたがそれもない。

これも利用されてるだけか・・・哀れなことだ。


 他の五体を見回す。

四天王には衣と同じ薄橙、白、青、赤の気配が揺らいでいる。酒呑童子よりも単純な構造の気配、問題は・・・


「茨木、お前はどう思う?」

「・・・」

 郷で対峙した時とは異なるやや濁りのある気配、困惑、疑念、その対象は酒呑童子か・・・


「この童は何十年も生きている。見た目に騙されると痛い目に遭うぞ」

「ならばどうする?」

「見張りをつけよう。河の民が怪しいそぶりでも見せたらその時は・・・」

「わかった。用意させる」


 どちらにせよ童も無事に返してくれそうにはない。御霊遷しをしておいて良かった。毒を仕込まれるまでは入れ替わっておくことにする。


「ところで」

 薬師は鬼達に問うてみた。

「アタイに何をしろって言うの?」

「何もすることはない。浪花の街でお前を河の民に引き渡す」


 河の民憎しの浪花に放り込んだらそれが引き金になって河の民と争って共倒れを狙うのか。


「ふーん、じゃあ見張り役にはこの赤鬼さんになってもらう」

「なっ!」

「何故じゃ?」

「この青鬼さん、アタイが思うんだけどアンタの次に偉い。浪花の奴らがアタイをいじめたら護れ」

「なぜお前を護らねばならんのだ?!」

「河の郷にアタイが無事に戻らんと民が納得せんのだろう?だったらアンタ達にはアタイを護る責任がある。違うか?」

「くっ・・・ガキが屁理屈を言いおって!」


「ハハハハハハ!良いではないか、浪花まで送ってやれ」

「酒呑!」

「わかった。お前の見張りと護衛にその茨木童子をつけよう」

「わかった。頼りにしてるぞ、青鬼」

「せめて茨木童子と呼ばぬかクソガキ」

「そうおこるな、い・ば・ら・き」

「グヌヌ…」


(言われたことは愚直なまでに従う奴だな…行者殿に使役出来ぬか相談してみるのも一興だな)


 など思案しているうちに話が終わり、童は再び牢に送られた。

----------

 御霊遷しの直後、

河の郷では童が薬師の身体である事に混乱して騒がしい事になっていた。


「あ〜ッ!おかしいおかしい!

なんでこんな事になってるの!」

「じゃからなんども説明しておるじゃろ?」

「だからって、アタイの体はどうなるのよ?一生入れ替わったまんま?足の付け根にヘンテコなものぶら下げて生きていくの?ヤダよ!元に戻せぇ〜ッ!」


"ヘンテコなものと言われるのは心外なんだが・・・"


「は?アンタ・・・どこにいるの?出てきなさいよ!」

"これはお前の頭の中に直接話をしているから誰にも見えないし聞こえないよ"


 童は周りを見回した。

薬師の声が聞こえておらず何が起こっているのか理解できない村長たちは唖然とした顔で童を見ていた。


"とりあえず立っておらんと腰を下ろしなさい"


 言われるまま不機嫌そうに座り込む童、薬師は続けて


"これから私の身体を依代にして君の魂を修練する"

「バッ・・・」

 薬師は童に頭の中で会話するように促した。

"バッカじゃないの?アタイはなんの能力も持ってないんだし、何年かかるってのよ!"

"一年だ"

"アンタ、やっぱりバカだ・・・今から鬼達とやり合うんでしょ?一年もどうやって『修練の途中なんで待ってください〜』って言うのよ!"

"お前にとって一年だが外の者にとってはほんの一刻だ"

"一年が一刻?!"

"時間がない、とにかく始めるぞ、覚悟せい!"


「覚悟って!何?お婆ぁ助けてッ!・・・」


 薬師の体は気を失ったように倒れた。

村長は薬師の体を布団に横たわらせた

「あれほど己の感情を表に出す子とはおもわなんだがはて、どうなるやら。

童よ・・・せいぜい耐えなされ」

----------

第廿壱話 了

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