第廿話 ~河の民~その八

「それはそうと…」

 薬師は村長に問いかけた


「まだ理由を聞いておりませなんだが、なぜ鬼たちは童を攫ったのでしょうな」

「やはり、お聞きになられますか…」


 村長はゆっくりと話し始めた。


「二百年ほど前のことでしたか、浪花にあやかしが夜な夜な徘徊することがございましてな…」

「百鬼夜行ですか」

「はい…怪と目があったらたちまち死んでしまうといわれておりましたので、皆家の中でじーっとしておったのでございますが、そのことを知らず外に出ていた者が多数がおりましてな。

 鬼に攫われるところを助けたのが私の孫でございました。

その時の鬼の大将が酒呑童子、河の民に対して呪いをかけたそうでございます。」

「呪い?」

「河の民に子孫が生まれなくなる、と」

「では…」

「はい…郷には若いものも多くおりましたが急にバタバタと亡くなることが続き、子も生まれずいまではこのように年老いたものばかりとなってしまいました…」

「そうでしたか」

「その後、人づてにあなた様と頼光様によって鬼が退治されたと聞き安堵しておりました。わずかに生き残った若い者たちの間に少しづつ子も生まれるようになり…

三十年前、孫からヒトの娘との間に子ができたと聞いたときはみな大層喜びました…

呪いが解けたのだと…

ですが、河童と呼ぶ者との間に子ができたなどとヒトの間で噂になればきっとつらい目に合う…

 事実、娘は人目に付かない様、屋敷から出ることは許されなかったと聞きます。

 噂は娘の心を蝕み、三年と経たずして家を出て郷に助けを求めて参りました。

既に孫はこの世におらず、生きることに絶望したのでしょうか…

曾孫である童を私共に預け、娘はまたどこかに行ってしまいました。

 しばらくして郷の入り口に娘の亡骸が無残にも捨てられておりました。

言の葉にすることも憚られる姿で…

その時服の中に入れられていたのがこの手紙でございます」


 村長は一枚の紙を薬師に見せた。

「酒呑童子、幼子を迎えに戻って参る…」

「それ以降、再び子供たちが次々と死にはじめ、生き残ったのは童ひとりとなりました」

「蟲術とおなじですな」

「そうです。呪いに抗うだけの能力を持つ子のみ生かしたのです」


 何人の子供たちが犠牲になったのだろう…

薬師は鬼達への怒りがこみあげてくる。


「童ひとりに我らの呪いを背負わせることはあまりに重すぎると皆で話し合い、河の郷への想いを抱かせぬよう情けをかけず、冷たい対応を取っておりました。

 育ちがヒトと同じ時を刻むであろうことがわかった以上…できればヒトの世界で生きてもらえればと見張りを付けて南波の川で遊ばせていたのですが…」

「子供は近寄ってこなかった?」

「石を投げられたこともあったようですが…あの子は何も言わぬのです。

我らに心配をかけさせたくない、と思ったのかもしれませぬが…

ヒトがいない時にひとり川で遊んでいるときにあなた様とお会いしたのでございます」

「うーむ…」


「童が抱えたつらい記憶はなんとか封じ込めたのですが…

噂が度々立つようになり川には人は寄り付かなくなりました…

もはや浪花ではあの子が生きていくことのできる場所はなくなったのかも…」


「村長の血を受け継いでいるのであれば、たとえヒトの血が入っているとしても、

あなたの能力を受け継いでいるのでは?」


「ある程度は…しかし私たちはあの子の能力が発現しない様努めてまいりましたので、急に発現するかもしれませんし万が一抑えることが出来なければ…」


 薬師は自らの頬を叩いた。

ヒトの子供が命を落とした、と噂ではなく死体を見せることで河の民への憎悪を煽り、童にその矛先を向けることで能力を無理やり発現させる…

 暴走すればするほど鬼たちにとって都合がよい、たとえ童が命を失ったとしても。

浪花の人々とともに河の民を滅ぼすつもりなのだ。


「浪花の人を煽る。童を都合のいい駒にする。鬼達は高みの見物ですか・・・鬼の所業らしくありませんな」

「鬼に踊らされているとは…誰もわからないでしょうね」

「炙り出してやりますよ。

では村長、後は打ち合わせた通りに!」

「童のこと、よろしくお願いいたします。」


 薬師が九字を切る。

「童に憑きし弱き蟲の元へ我を届けよ!」

 薬師の身体がふたつに分かれる。

光に包まれた一方の薬師はゆっくりと幻像の中に吸い込まれていく。

残されたもう一方の薬師は魂の抜け殻であるかのように動かない。


村長は薬師の身体を揺り動かし、身動き一つしないことを確かめるとすっと立ち上がり外に出た。


「皆に告げる!今より童と薬師殿の御霊遷みたまうつしを執り行う!」

 郷の民が一斉に首を垂れ白装束に着替え始める。

火を焚きその前に薬師の身体を供え、取り囲むように皆が座を組む。


 郷の民全てが集まり炎を見守る中、御霊遷しが始まった。


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 大枝の山、童が捕らえられている牢…


 童の側にぼんやりとした白い光が灯る。

光は童の体の中に入る。

入れ替わるように童の体がふたつに分かれ、白くぼんやりとした童の分身が本体の側に立った。

 横になっていた童の本体が上半身を起こし分身に向かって語りかける。


「さあ、郷にお帰り・・・」


童の分身はゆっくりと消えていった。


「さて、童が自らの姿を見た時にどのような反応をするか、この目で見ることができないとは・・・残念なことですねぇ」


 薬師と魂が入れ替わった童は再び横になって眠りについた。

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 再び河の郷・・・


 郷の民が祈りを捧げ続け陽が昇ろうとしていた。

炎の前に横たわる薬師の身体が光る。

 やがて薬師はゆっくりと体を起こし目の前にいた村長と目があった。


「童・・・童か?」

「・・・お婆ぁ?」

「おぉ、紛れもなく童じゃ・・・じゃが見た目が・・・のお・・・」

「見た目?・・・え?」


 童は自分の手を見た。ゴツゴツとした指、痣だらけの腕、大きくなった体に野太い声・・・


「お婆ぁ!アタシの体どうなったんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ?!」


第廿話 了

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