第拾九話 〜河の民〜その七
「あぁ、最強で厄介で私の一番大嫌いな呪詛師だ!」
一番大嫌いな呪詛師・・・
身体の至る所に酒呑童子の指の感覚がまだ残っている。
髪の一本から足の先までそれは間違いなく酒呑童子のもの・・・
だが何だ、この妙な違和感は?
何百年も昔から大枝山に砦を構え、二人で都をともに荒らして回った。戒めにより山から出ることが出来なくなってからも共に生きてきた・・・
待て待て待て待て!よく思い出せ。あの言葉がなぜ引っかかるのだ・・・
(不躾なお前たちに名乗る名前は持ち合わせておらんのでな、皆が呼ぶ通り『帝都の呪詛師』と呼ぶが良い)
茨木童子は記憶を辿る。次第に蘇ってくるその日の記憶。
「グハァァァァッ!」
片腕に激痛が走る。痛みを抑えようともう片方の手を当てようとするが・・・
「な・・・無い!?」
恐る恐る痛みを感じる腕を見る。
肩口から腕が切り落とされ、鮮血が滴り落ちている。
目の前に蘇る堀川、壱条戻橋。
源頼光、渡辺綱、坂田金時、そして
切り落とされた腕を持つ青白い肌の男。
竜骨の面で表情はよく見えない。
だが見覚えがある。
河の郷にいたあの男。
「アイツがッ!」
痛みは嘘のように消えていた。腕は失われておらず、ただ気味の悪い脂汗が首筋に流れていた。
そうだ、思い出した!
自分の腕と酒呑童子の首を切り落とした男…
では…あれは誰なのだ?
首を刎ねられ都を彷徨いながら力尽きたのなら
私のこの腕を元に戻した者は…
さっき私を抱いたあの鬼は…
----------
「目が覚めましたかな?」
河の郷…
鬼たちの襲撃から一日が経過していた。
鬼たちは童を奪った後早々に立ち去ったこともあり、郷の被害は多少あったもののまる一日でほぼ元の姿に戻る程度のものであった。
村長は家で横になっている薬師の側で少々イラついた口調で話しかけている。
「う~ん…もう少し…」
「それはこの一件が片付いてからにしなされっ!」
「あいたっ!」
頭を小突かれて薬師は渋々上半身を起こした。
「もうすこし労って下さいよ。私は大けがをしているのですよ」
「捻挫、擦り傷、たいそうな大けがだこと」
「もうすこし大げさにやられてやろうかと思ったのですが、彼女の攻撃は単純すぎて直ぐに見切ってしまいました。ですが・・・ふむ、あの鬼の女なかなか良い蹴りをもっておりましたな」
「相変わらず…あなた様は
呆れた言い方ではあるが村長は薬師のへらず口に安堵したようだ。
「村長はもう少し騙されていたふりをしてください。浪花が少々騒がしくなっております故」
薬師が使っている蒲団の横には幻像が映し出されておりその中にぼんやりと童が横たわっている姿が見える。
飴の中に仕込んでいた蟲毒は鬼達に見つかると踏んで別の仕掛けを施していた。
飴の入っていた袋に絶妙に隠されていたもの-
そこには薬師と村長にしか読み方がわからない文字が書き込まれていた。
薬師は蟲毒に強い蟲毒を飴の中に仕込んでおき、村長は文字に書かれていた通りに童にその飴のみを与え、床に就かせる前に身体に非常に弱い蟲を貼り付けておいたのだ。
腹の中の蟲が見つかり潰された後も鬼が持つ霊力によって気配がかき消されてしまう程度の弱い蟲。
薬師は鬼の霊力を排除する代わりに蟲が送ってくるきわめて微弱を幻像に映していた。
かろうじて見ることのできる童の姿に村長をはじめ郷の民たちは安堵していた。
薬師は出された夕餉を平らげて改めて村長と向き合う。
「ところで…どうです?昔の姿になってみられては?」
「おや、まだこの老婆に興味がおありですのか?
そういうことでしたら…と申し上げたいところですが、
あなた様の後ろからこわ~い顔でこちらを見ておる子がおりますので
今宵はご遠慮いたします」
薬師が後ろを向くと
「年頃の娘が目の前におるのに手を出さない超絶奥手かと思っていたら、年増が趣味とは思わなかった。師匠は変態」
「こら!がま…」
「ズケズケと言う
「ババァに小童と呼ばれる筋あッ!」
村長が放った指弾が蝦蟇蟲の額に命中した。
「私は確かに年増のババァですが面と向かって言われるといささか腹も立ちます」
「村長!落ち着いて…蝦蟇蟲も謝りなさい」
「よいではないですが、あのくらいの気の強さが無ければあなた様のお相手など…」
「本題に入ってよいか?む・・・村長と、変態」
薬師は呆れて顔に手を当てていた。村長は笑いながら見ていたが
「そのババアにお聞かせなさい。浪花の様子はどうでした?」
「では聞かせてやる…鬼が人間を焚きつけておる」
「やはりな」
「此度は子供の
「周到だな」
薬師は鬼たちがヒトと河の民を争わせ、憎悪を浪花に集める考えであることは想定済みであった。
童の命を奪うことが目的であれば昨晩可能だったはずである。
そのため童が郷にいることよりも鬼達の元にいる方が安全と考えていたのだ。
少なくとも鬼達が行動を起こすまでは。
「それだけではない、鬼の思考は本来単純。本能に従って行動するのが奴らの常套。郷を襲うのが目的なら容赦なく破壊しているはず…だが此度は明らかに統率が取れている上に童を奪うという目的を果たしたらあっさり引き揚げている。明らかに鬼たちの知能からはかけ離れている。おそらく統率しているのは酒呑童子ではない。
もしくは…」
「もしくは、酒呑童子に化けた何か…」
「まちがいない、そしてその正体を師匠は知っている」
「鬼の後ろに隠れているもの…」
「見当はついておられるのですか?」
「
「その割に楽しそうな顔をしてらっしゃる」
「やっぱり変態、私と女の鬼を絡ませて悶え苦しむ様を見て愉悦に浸るつもり」
「蝦蟇蟲…そろそろ次のお役目に向かってくれるかな、浪花の『千成』にいる天神の佳の江だ」
「また妓楼…」
「礼はするよ」
「では、この一件が終わったら枕を…」
「好きな服を買ってやろう!前から欲しいと言っておったろう」
「いつか私にしか勃たなくなる呪いをかけてやる…」
呪詛の言葉を残して蝦蟇蠱は郷を出て浪花の街へと向かって行った。
第拾九話 了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます