第拾八話 〜河の民〜その六

耶麻城やましろ大枝山おおえやま


 帝がおわす都から見て北西にあたる四堺の一つ。

酒呑童子を頭とする鬼たちが棲家とし、強奪、人攫いなど悪虐を繰り返していた。


 昔夜の都をを徘徊していた酒呑童子を酒に酔わせ首を切って退治したと言う伝説が残っているが・・・


「久方ぶりに下界に降りてみれば、未だに私は死んだことになっておるのか・・・

ヒトと言う生き物は綱や金時の与太話を相変わらず信じておるのじゃのぉ」

「そうみたいだぜ、郷の連中はあんたの名前聞いたらみんな呆気あっけに取られてたぜ」

「渡辺綱ごときに私の首を切り落とすことができるわけがあるまい、あやつは我を目の前にして震えておっただけぞ」


 山奥の深い洞窟の奥に御殿が造られている。その大広間で酒呑童子と河の郷から戻ってきた茨木童子が酒を酌み交わしていた。


「ところで、四天王達は良く使えたかの?」

「そりゃ大助かりよ!あの四人は連携できてるねぇ。得体の知れない薬師もイチコロだったよ!」


 酒を飲む酒呑童子の手が止まった。


「薬師・・・とな?」

「あぁ、帝都の呪詛師って言ってたな。

式紙を使ってたから、ありゃ薬師っていうより陰陽師って感じだったな」

「・・・」

「どうした?」

「其奴、竜骨の面を被り、青白い肌には痣のような模様がついていたか?」

「ああ、知ってるのか?」

「知ってるも何も、昔私をこの大枝の山に閉じ込めたのはその薬師だよ」

「まさか?!あのへなちょこ野郎が?他人の空似だろ?酒呑を封じるだけの力があるとは思えねぇけどなぁ」


 茨木童子の話を聞いて酒呑童子は少し考えに耽っていた。


「どうした?酒呑の」


「童を見てくる」


 席を立ち童を閉じ込めている牢に向かう酒呑童子、茨木童子も後を追う。


 洞窟をさらに奥へ進んだ所に小さい牢がいくつか作られていた。その中のひとつに河の童は閉じ込められていた。


 鍵を開け童の側で膝をつく。

童の顔をまじまじと眺めると手をかざし体をなぞるように上下に動かし始める。


「耳を塞いでおけ」

「何故だ?」

「死にはしないだろうがしばらく身動きがとれなくなるぞ」

 酒呑童子は真言らしき言葉をブツブツと口にする。

茨木童子は言われるがまま手で耳を塞いで牢の隅で成り行きを見守っている。


「見つけた」

 酒呑童子は童の腹の上で手を止め、そのまま腹の中に手のひらを沈めていく。

 童は眠ったままだが苦しそうで脂汗を流している。


「おい、酒呑!死んじまうんじゃないだろうな?!」

「心配するな、本当に腹に手を入れているわけではない」


 腹の中を何度か掻き回すようにしていたが一点で手の動きが止まった。


「これだ」


 童の腹から引き上げた手の中には一匹の蟲が握られていた。


「何だそれ!気持ちわりぃ!?」

「腹中蟲じゃな。薬師め、何かに紛らせて童に食べさせたのであろう。操って逃すつもりだったのかもしれんのぉ」

「アイツ・・・もしかしてとんでもねェ術師なのか?」

「あぁ、最強で厄介で私の一番大嫌いな呪詛師だ!」

 酒呑童子は手の中で蟲を握りつぶした。


 牢を出て広間に戻る二人。

酒呑童子は茨木童子に近づき両手で顔を押さえ唇を重ねた。


「お・・・おい揶揄からかうなって!周りにいるだろ!って・・・グッ!ウゥゥ・・・」


「あの郷に行った者全てに蟲を飲ませるのだ。童の他に腹の中にいるかもしれんからな。じゃが・・・」

「酒呑・・・」

「お前の身体は私が調べさせてもらうぞ・・・」

「ああ・・・」


「さぁ、これを飲め」

「大丈夫・・・なのか?」

「私を信用しろ。式紙を食って消えるか、お前の腹の中で溶けて消えるかだ」

「・・・」

「怖いか?」

「の・・・飲ませてくれ」

「構わんぞ」

酒呑童子は一粒の丸薬のようなものを口に含み、茨木童子に口移しで与えた。


「少しの辛抱じゃ、すぐに楽になる・・・それまで私が気を紛らせてやろう・・・」


二人は横になり体を重ねあう。

お互いの敏感な部分を刺激しながら何度も唇を合わせた。

----------

 浪花の街、

夜が明けたばかりだが街の一角が騒がしい。

人混みの真ん中に藁をかけられたなにかがよこたわっている。


「おい、誰かこの藁退けてみぃや」

「嫌や!お前がせぇや」


 誰も取ろうとはせずざわついていたが、騒ぎを聞きつけた役人達がやってきた。

 役人は藁を手をかけ捲ると

そこにあったのは、まだ幼い子供達の亡骸であった。

「子供や!溺れたんか?!」

「どこの子や?この辺で見かけん子やぞ!」


 悲鳴が上がる。どこの子供か周りの者に聞いているが知る者はいそうにない。


「ワイ、知っとる。この子、南波に住んでる子や」

「そうや、よう川で泳いでるの見たことあるわ!」

どこからか声が上がる。

「ほな、この子は・・・」


「河童や!河童に殺されたんや!」

「そや!河童は子供を川に引き摺り込んで殺す言うからな!」


 人は口々に河童の仕業と決めつけていた。

「おい、お役人!このままやと安心して外に出られへんわ!どないかせぇ!」

「そんなこと言うたって・・・」

「なんや!日頃偉そうにしてくさっとるのに肝心な時にはクソの役にも立たんのかいな!」


「役人が使いもんにならんのやったらワイらでやるしかないやろ?!」


「そうや、河童を浪花から追い出せ!」


 街衆の怒りは河童に向けられていた。


 街衆から離れる者が数名いたのだが喧騒の中、気がつくものはいなかった。


 街のはずれ、建物の陰で顔を合わせる。

 人から次第に鬼の姿になっていく。

大枝山の四天王がほくそ笑む。


「酒呑童子様、全て整いましたぞ」


第拾八話 了


扉絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818093074236749729

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る