第拾七話 〜河の民〜その伍
「茨木の・・・」
家から出てきた村長は茨城童子と名乗った女の鬼を睨みつけた。
「命尽きるを待つのみのこの郷にまだ
「オイオイ、何寝ぼけた事言ってやがんだよこのババァ!
私たちが
四堺…帝都から見て
大枝の山には古来より鬼が棲んでおり、人攫いや窃盗、殺戮などが度々起こっていた。
はぁ…と溜息をつきながら村長は茨城童子に答えた。
「茨木の、相変わらず口が悪いのぉ…
いつぞやもお断り申したはずじゃ、我ら河の民はヒトと関わりを持たぬ。
助けることもなければ命を奪うこともせぬ。
確かに我ら河の民はヒトとの間に少なからず悪しき因縁があるのも事実。
されどお前たちの悪行に付き合うこともない。早々に立ち去るがよかろう」
茨城童子は今までも同じやりとりを村長と繰り返していたのか辟易とした表情で答えた。
「あぁ聞こえませんけどぉ!・・・もうこれ以上ババァと話しても埒があかないっての…」
「茨木童子と言うたな!大枝の山には稲荷狐がお前たちの戒めになっていたであろう?なぜ山から下りてくることができた?」
薬師の問いに茨城童子はニヤリと不気味に笑いながら答えた。
「なんだぁ?アンタあのクソ
喰ってやったわ!細い首に嚙みついてやったら弱弱しい声を上げながら死によったわ!アーッハッハッハッハーッ!」
「まさか、大枝の山に封印されて以来、鬼どもにもはやそのような力が残っているはずがが…」
「残念だったな色男、我らのことをよく知っておるようだな。
だが甘く見ていると痛い目に合うのはアンタの方だぞ!」
茨城童子が薬師をキッと睨みつけると薬師の周りの空気が刃のようになって襲い掛かった。
薬師は表情一つ変えることなくひとつづつそれをかわすが、それでもわずかばかりが頬をかすめる。薬師の青白い肌にひとすじ、ふたすじと赤い血で線が描かれる。
「
「白い肌に赤いすじが堪ンないねぇ…アンタさえよければ我の
茨城童子がさらに鎌鼬で攻撃する。
薬師の周りに河の民がいるため避けるわけにもいかず、弾指で鎌鼬を散らしつつもある程度は自身で受け止めなければならなかった。
「おや、やさしい男だねぇ…血縁でもないのに老い先短いジィさんバァさん連中を身をもって護るとは、ますます興味深い男じゃねぇか!」
「美しい
平然と
だが彼の背後では鎌鼬の刃に慄く者もいて河の民たちは混乱の只中にあった。
「落ち着け我が民よ!薬師様が鎌鼬から護ってくださっておる。取り乱すでない!」
村長の一喝で民たちは落ち着きを取り戻した。
薬師を補助するべく、村長は鬼と民との間に結界を張った。
「無駄なあがきをするなってのッ!」
茨城童子が懐から扇を取り出し軽く一振りすると今度は激しい炎の波が民たちを襲う。そのほとんどは結界で防ぐことが出来ているが火の粉が草木や家に落ちて集落の至る所から燃え広がっていく。
河の民たちも幻術で雨を降らせ火を消すことに躍起になっている。
皆の注意力が散漫になっている。茨城童子が配下の鬼に命令を下す。
「星熊ァ、一番結界の強いところを狙いな。童はそこにいる」
「了解した」
薄橙の衣を纏った星熊童子は印を結び周囲を見回した。そして薬師たちから少し離れた小屋に狙いを定めあっという間に移動した。
「村長!」
「だめじゃ、間に合わん!」
薬師が星熊童子の方へ手を伸ばし指先から指弾を飛ばすがすべてかわされた。
「河の童、
星熊童子が叫びながらこぶしを握る。それまで華奢であった身体がメリメリと音を立て全身の筋肉が盛り上がってくる。浮き出る血管、赤く光る眼、右腕が後方から前に振り出すだけで空気を切り裂くような音が郷に響く。
ドン!という破壊音とともに煙が舞い、巨体と化した星熊童子が再び姿を現したとき彼女の肩には童が抱えられていた。
「童!童!」
童は気を失っているのか微動だにしない。村長の叫びは童には届かず空しく響くだけであった。
「村長ォ・・・河の童確かにもらい受けたゼ」
「茨木!その童を攫って何をするつもりだ?」
「一見さんに我らの手の内を見せるわけねぇだろうが!」
茨木童子が薬師の問いに素直に答えるわけもなく
「ただ、童には我らの目的を果たす贄となってもらうンだよ」
「何?!」
「分かってんだろう、村長ァ!」
「なにかご存じなのか」
「薬師様、鬼どもは大枝を手始めに四堺の結界を打ち壊そうとしておるのです」
「では、奴らの目的は」
「帝都でございます」
「とにかく童を取り返さねば!」
「それ以上は動かねェ方が身のためだよ式紙使い。後ろ取られてるぜ!」
薬師がハッと振り向くと後方に白い衣を着た鬼『虎熊童子』が大きな鎌を携え、
更に青い衣の『熊童子』が太刀を村長の首筋に構えていた。
(大枝山の四天王か・・・先手を取られたか)
だがあとひとりが現れていない。四天王の中で一番冷酷な赤い衣が・・・
「虎熊、
前方からの声に顔を向けると腹部に重く入る一撃。
薬師はかわすことも出来ず後ろに吹き飛ばされた。
グシャァァァ!と家にたたきつけられる薬師。
「フッ、遅い遅い。隙だらけではないか。わらわの拳がかわせぬとは面白うない」
倒れている薬師に笑いながら近づいてくる赤い衣を纏った鬼。金童子であった。
「金童子、命まで奪ってはならんぞ。こやつには浪花の街が血で染まる様を見せつけねばならぬ」
熊童子が声をかける。
「熊さんはあいかわらず真面目だねぇ。
しかし此奴なかなかの色男ではないか。さぞかしここで女を泣かせてきたのであろう?」
金童子は薬師の股を足で踏みつけた。
「そうかそうか気持ち良いか?ならばもっと気持ちよくしてやろうかッ!」
金童子は薬師の腹部を蹴り上げた。
大きく波打ち転がる薬師の身体。口から血を吐き意識が朦朧となる。
「なんじゃ、前戯だけで逝ってしもうたか・・・情けないのぉ。
今度逢うときは其方の身体をたっぷり味わってから殺してやるからの」
「えー!金童子様ズルい~!次は私がコイツで遊ぶ番だってばぁ!」
「虎熊ァ・・・お前は男と見ると見境がねぇなぁ・・・」
茨木童子と四天王は横たわる薬師を取り囲んでいた。
「お前たちのその力・・・まさか、酒呑童子の・・・?」
「大正解!よくわかったねぇ。アンタ、やっぱりただの式紙使いじゃねーよなぁ?」
口から血を吐きながら上体を起こして薬師はなんとか答えた。
「不躾な・・・お前たちに名乗る…名前は持ち合わせておらんので…な、皆が…呼ぶ通り『帝都の呪詛師』と…呼ぶが良い・・・」
里の民たちが薬師の身体を支えている。体中の骨が折れてしまっているようだ。
「覚えておくよ・・・しかし用心棒にしちゃあ使えそうに無い奴を郷に呼び寄せたもんだねぇ・・・村長ァ?」
村長は何も言わず鬼達を睨みつけていた。郷の民たちも、そして薬師も・・・
「アンタたちはどーせなんにも出来ねぇんだから浪花が変わり果てる様を黙って見てなって」
そう言うと茨木童子は大きな扇を取り出して激しいつむじ風を起こし、鬼の大軍は郷の空に消えた。
第拾七話 了
扉絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818093074048802534
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