第拾五話 〜河の民〜その参
「お前がヒトであろうとかまわぬ、
私は郷を捨ててお前と一緒になりたい」
「あぁ・・・同じ河の民であれば迷うことなく貴方様の胸に飛び込んで行きますのに」
「去ると言うのか?その子を連れて私の前からいなくなるのか、あなたがいなくなった世界でどうして私が生きていくことができようか」
「いつか私の年老いた姿を見て、若い姿のままの貴方はきっと悔やむことでしょう・・・」
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宿でひとり薬師は
見聞きしたことから紡がれる答えを映し出す妖の鏡。
童に与えた飴玉の袋に縫い込まれた式紙が童の魂に刻まれた父母の記憶を読み取り、床に置かれた鏡に伝えてくる。
鏡からぼんやりと現れた光の中に薬師が求めるものが映し絵となって現れる。
映し出されたのは一組の男女、
女は子を宿しているようだ。
別れを告げる女に男が引き止めようと話をしている。
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「私は家に戻ってこの子と暮らします。
貴方は郷を守らなければならない。
でも、河の民が私を受け入れることはない。
私の村も・・・きっと貴方に酷いことをする。
どちらになっても私たちは傷つけあうことになる。
お互いに住む世界が違うのです」
「なぜだ?私達はこんなに愛し合っているのに・・・
やめろ!お前たち!彼女を行かせてはならないっ!」
男を誰かが押さえつける間に女は男の側から離れていく。
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人と河の民は昔から互いに行き来していたというのに、いつからこのように忌み嫌うようになったのか・・・
おそらくは人が川を汚すようになったことで河の民は住むところを無くしていったのであろう。
子供が川で溺れると、一緒に遊んでいた河の民の子供のせいにしたことであろう。
どちらも河の民に非はないにも関わらず、自分達と異なるものを受け入れようとしない人の仕業でこの二人も別れなければならなかったのか・・・
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幻像が次に映したのは・・・
「童よ」
老婆と子供(昼に会った童のように見える)が話している。
周りには年老いた男女が童を囲んでいる。
童は詰問されているように見える。
「これを誰からもらった?」
「・・・」
「話さぬのか」
「
「お前らは黙っておれ!」
村長と呼ばれた老婆が一括すると周りの者は沈黙した。
村長は袋から飴玉を全て木の皿に移し替えてまじまじと眺めた。
なにやら呪文らしきものを唱えたあと飴を皿ごと童に渡した。
「これはお前が持っておれ」
「村長!」
「構わぬ!」
「・・・いいの?」
村主は穏やかな声で童に話した。
「これはお前のものだ、少しづつ口にするが良い」
受け取った童は飴玉を蝋燭にかざして眺め続けていた。
「大層気に入っておるのぅ」
村長は童に問いかけた。
「その者の事もか?」
「わからん・・・面白いが得体の知れぬ奴じゃ」
「ほぉ」
「お婆ぁも会ってみればわかる」
「こら!村長と呼ばぬか!」
「構わぬ、お前らは下がっておれ」
部屋には童と村主の二人だけとなった。
「食べたか?」
「食べて良いのか?」
「そうじゃ、それは食べるものじゃ。口に入れるとそれは甘くて美味しいものじゃ」
そう言われて童は飴玉を恐る恐る一粒口の中に入れてみた。
今まで味わったことのない甘さと花のような香りが口の中に広がった。
童は目を丸くして「美味しい!」と叫んだ。
「儂も大昔にある方からいただいたことがあっての、今のお前のように驚いたものじゃ」
村長は童の喜ぶ姿から手に持っていた飴玉の入っていた袋に目を移した。
しばらくして村長は袋に向かって語りかけた。
「妖の鏡からご覧になられておられますかな・・・
このような事をせずともこちらから使いを遣りますでな、どうぞお越しくださいませ、帝都の呪詛師殿・・・」
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幻像はフッと消え、部屋は真っ暗になった。
「私の
千年以上生きておられても相変わらずお達者な事だ」
薬師は立ち上がって外へ出る準備を整えた。
浪花の街へ出るとそこは昼間の喧騒が嘘のようにひっそりと静まり返っていた。
通りの向こうに目をやると背の高い男が二人、こちらに近づいてくる。
男達は薬師の目の前で立ち止まると片膝をついた。
「帝都の呪詛師様、河の郷の村長がお待ちでございます。お迎えにあがりました」
「断ったらお前たちの
「わかりませぬ、ですが・・・」
「が?」
「薬師様もご存知の童に昔話などしてみようかと仰っておられます・・・」
「なんと!せっかくの村長様のお招き、お断りする理由などありましょうか!ささっ、早く参りましょう」
薬師は柄にもなく動揺した風で答えた。
三人はゆっくりと歩き始め、やがて暗闇の中に消えていった。
第拾五話 了
扉絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818093073878212786
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