第拾話 〜蛇蠱〜その九

仕舞


「おい、そろそろ起きなさい」


 地上に降りてきた薬師に声をかけられてふたりは目を覚ました。


 少年の上に乗りかかるように抱きついていたことに童は気づいて少年から飛ぶように離れた。


「大丈夫だった?」

 少年が気を遣って童に声をかけるが

「だ・・・大丈夫だろ?」

「だろ?って・・・言葉おかしいよ?」

「お・・・おかしくないからッ!全然普通だからッ!」


 少年は童の顔が真っ赤に真っ赤になっていたので


「何も恥ずかしいことないだろ?『男同士』なんだから」

「・・・」

「どうした?高いところから落ちてまだ気分悪い?」

「アンタさぁ・・・」

「何?」

「今、言っちゃいけない事言ったよね?」

「僕が?」

「『男同士』って言ったよね?」

「え?男じゃ・・・ないの?」

「アタイ、女なんだけど・・・」

「嘘・・・気が強そうだから男だって思って・・・」

「抱きついててわかんなかった?」

「どういう事?!」

「胸!胸が当たってたでしょ?!」

「ごめん・・・全然気が付かなかった」

「テメェ死んで詫びろぉッ!尻子玉返せ〜ッ!」


 童は少年に飛びかかったが

「こら、童よさないか!」

と童を諌める薬師の言葉にシュンとなって

「次に男扱いしたらホントに返してもらうから」

ジトっとした目で睨みつける童に少年は悪びれるでもなく

「わかったから、童じゃなくて『名前』教えてよ」

「・・・はぁ?」

「童って呼ばれてるからわからなかったけど、名前なら君のこと女の子ってわかるだろ?」

「なんでアンタにアタイの名前を教えなきゃいけないんだよ!十年・・・百年いや、未来永劫教えてやんない!アホ間抜け!」

「じゃあ、俺の名前を教えるから、そしたら君の名前も・・・」

「ダメだ!聞きたくない!」

「え?」

「・・・アンタ、師匠と縁を結ぶんだろ?」

「そうだけど」

「聞かなかったら、その名前で呼ぶこともないから・・・」

「じゃあ、君をなんて呼べば・・・」

わらべでいい、みんなそう呼んでるし、昔からそう呼ばれてきた。

だから名前は教えない!」


 そう言って童は結界の中にいるウズメの元へ行ってしまった。


 童の言葉が理解できずにいた少年に薬師が声をかけた。


「ひとつ言っておかなければならない」

「何でしょうか?」

 薬師は少年に伝えることがあった。

「お前は自分が死んだ、と言うことは理解しているな?」

「・・・はい」

「今お前の魂をこの世に留めているのはあの大蛇の霊力、魂と体を繋いでいるのは童から与えられた宝玉・・・童の世界では尻子玉と呼んでいるそうだがな」

「・・・」

「大蛇によって蠱毒となってしまったお前はもはや人の世界では生きていくことは許されぬ。

人と交わることもだ」

「じゃあ、お父とお母には・・・」


 少年は親に会うことはできないのかと泣きそうな顔になった。


「私はまだ、お前に名前を与えていないからな」

「え?」

「名を捨て、お前は蠱毒として生きるのだ。その前に里に連れて行ってやろう」

「本当ですか?」

 少年の表情が明るくなり、薬師は初めて少年の笑顔を見た気がした。


「だがそれが今生の別れとなる。

私が新しい名を与えたその瞬間に、

お前は人として生きてきた記憶を全て失ってしまう。

親のことも、生まれた里のことも、奉公していた堤屋のことも」

「!」

「名前に込められた親の想いを抱いたまま蠱毒としては生きていくことはできぬ。

これはお前のためなのだ」

「・・・はい」

 少年は込み上げてくる涙を抑えることはできなかった。声を殺して泣き続けるしかなかった。


「思い切り泣きなさい、親のために泣くことができるのは今だけなのだから」

「・・・」


薬師は少年をひとりにしておこうとその場を離れた。

「おや?」

 草むらから姿を出していたのは祠からここまで案内をした小さい白蛇だった。

「そうか、お前が大蛇の本当の姿であったか」

蛇はゆっくりと薬師に近づいてきた。

「大蛇となった訳は今は聞くまい。それよりもどうだ?お前も私達と行かぬか?」

蛇は薬師をじっと見ている。

「少年とお前は大蛇を介して繋がっているのだろう、さぞかし相性が良さそうなのでな、お互い分かり合えるであろう、と思ってな」


 蛇は薬師と少年を交互に見ていた。やがて薬師の足元に近寄り蟠を巻いて大人しくなった。


「師匠〜っ!それに・・・そこの子分その壱!飯が出来たから食べよぉ〜!ウズメ姉さんのご馳走もあるからさぁ〜!」


 意識を取り戻した子供達に具合に合わせて粥や重湯を与えていた童が2人を呼んでいる。


「さぁ腹ごしらえしたら忙しくなるぞ、今のうちに食べておきなさい」


 薬師は少年を伴い童たちの元へと歩いていった。


第一帖 〜蛇蠱〜 了

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