第九話 〜蛇蠱〜その八

薬師、蠱毒を使う


 少年の記憶を遡る・・・


 祠の奥に逃げ込んだ

後ろから「祟りに遭うぞ!」と叫ぶ声が聞こえる。

 虐めていた子らは怯えるように祠のそばから離れていったようだ。追いかけてくるものはいない。

 またいじめられることを考えると堤屋にももう帰りたくない。


 家に帰りたい。

お父とお母に会いたい。


 祠の先に故郷があるわけでもないのに奥へ奥へと進んでいった。

 祠を抜け視界が広がった先にあったのは、小さな山の側面に空いた洞窟だった。


 とりあえず人目につかないようにこの穴に隠れて一晩やり過ごそう。

 明日、故郷に帰ろう。


 洞窟の入り口の隅に体を丸めて隠れようとしたとき、何かが足に絡みつく感力があった。

 ヌルっとしたそれは体を絡め取り洞窟の奥へと引き込まれていった。


「マサカ、小僧ノ記憶ガ戻るトハナ・・・」

「お前がこの少年の魂を喰らったのか?」

 薬師は大蛇と対峙する。

「ソウダ、喰らってヤッタワ!」

「ではこの子は?」

「蛇ガイタデアロウ・・・」

「ここに連れてきた蛇のことか?」

「哀れヨノウ・・・我ノ眠りヲ妨げたバカリニ蛇ニ操られる事にナロウトハ」

「貴様・・・この子を蠱毒に・・・」

「ソウヨ!百ノ蟲ト争ワセテヤッタラ全部喰ライオッタワ!」

「偽りの記憶を植え付けてか?!」

「人間ノ心ハ弱イモノヨ、少シ書キ換エテヤッタラアイツラヲ祠ノ奥ニ引キ込ミ寄ッタワ」

「ソノママ我ノ腹ノ中ニ居レバ体ハ溶ケテ我ノ力トナリ、魂ハ蠱毒トナッテ永遠ノ生命ヲ手ニ入レラレタモノヲ、外ニ出テシマッテハ・・・モウ食エヌ、腐ルノヲ待ツダケダワ!」


 少年は震えながら大蛇の話を聞いていた。

「僕、もう人間じゃないんですね?」

「・・・」

「こどく、とか言う化け物になっちゃったんですね?」

「・・・」

 薬師は黙って少年の問いかけに頷くことしかできなかった。

「大蛇の腹の中から身体を引き出すことができたから記憶が戻ったのだろうが・・・

あのまま消えてしまったほうが良かったか?」

「・・・したい」

「?」

「アイツを、倒したい!」

「本気か?お前では勝てる相手ではないぞ」

「でも・・・倒さないと・・・また誰かが犠牲になる。

僕がアイツを目覚めさせたせいで・・・」


「わかった」


 薬師は少年と大蛇の間に立ち、九字を切り宙に大きな陣を描いた。


「蛇に魅入られし少年よ、我と共に闘え!蠱毒として我が下僕しもべとなれ!元の体を依代よりしろとして我の為に共にあれ!」

「戦ってくれるのですか?」

「なお・・・背きし時はその偽りの生命と依代とも冥府へ落とされると心得よ!」

「・・・わかりました!」


「童、手伝ってもらうぞ!」

 薬師は童たちが隠れている結界に向けて弾指を放った。

 光の束が結界を貫く。

それは少年と童の身体を包み込みそのまま上空へ弾き飛ばした。


「ちょぉーーーっとぉ!だめーーーーーっ!

高いのダメぇぇぇぇぇッ!」


「童!掴まれ!」

 薬師が童を抱きとめる。

「大仕事だ!この子の手を握ってやってくれ!」

「手ェ?!男の手なんか握った事ないってば!」

「身体を依代にしてこの子の魂を繋ぎ止める」

「生き返るの?」

「いや・・・身体を依代よりしろにして蠱毒となったこの子の魂を植え付ける」

「蠱毒、なの?この子?」

「大蛇の仕業だよ」


 大蛇の攻撃を避けながら薬師は童に次第を語る。

話し終えると薬師は大蛇を足止めするべく大蛇に向かって飛んでいった。


 激しく争う大蛇と薬師を前にして童は少年に問いかけた。


「アンタはいいの?」

「・・・」

「これからアンタが生きる世界は綺麗事なんかひとつもない、人に後ろ指を指されるような世界だよ」

「構わない」

「あのとき死んでいたほうがマシだったって、きっと後悔するよ」

「それでも僕は闘う」

「そっか・・・バカだね、アンタ・・・」


 童は少年に向かってにやりと笑って手刀を切った。そして少年の身体と人の姿をした少年の魂の手を持って戒めの言葉を唱えた。


「アタイの尻子玉は極上だから高くつくよ!

今日からアンタは帝都の呪詛師様の下僕しもべ

そしてその一番弟子『河の童』様の一の子分だ!

こき使ってやるから覚悟しな!」


 童の身体から光る球体が現れ少年の体と魂を包むほどに大きくなっていく。

 別れていた身体と魂は少しずつ重なり始め、遂にひとつとなった。

 失われていた鼓動が戻り血液が巡り始める。

身体に力が戻り意識が蘇る。


 少年はまるで生き返ったような感覚になったが

「変だな・・・死んだんだよな、僕」

「そうだね」

「アイツのせいだよな?」

「そうだね」

「一緒にアイツを倒してくれる?」

「い・・・一緒にッ?」

 童はまっすぐ自分を見てくる少年から目をそらして

「あ〜そうそう!一緒にあの蛇野郎倒して早く飯食おうぜ!ウズメ姉さんがごちそう作ってくれてるぞー!」

「それは楽しみだね!」

 そう言って少年は薬師のもとへ飛んでいった。


「僕も戦います」

「覚悟はできたか?」

「何をすれば?」


 薬師は懐から紙を取り出した。

「これは式神だ、よく見ておけ」


 薬師が式神を投げると大蛇の周りを囲むように広がり、それぞれが光の帯で繋がり大蛇を拘束した。


「グワァァァァッ!何ヲシタ?!動ケヌッ!」


「君が私と縁を結んでくれたおかげで大蛇の力が弱まった。でなければ式神で縛り付けることができなかった」


「ああ・・・」


 薬師と契約を結ぶことで、少年は大蛇から分け与えていた力ごとその繋がりを切り離されていたのだ。


「さぁ、君の手で終わらせるんだ」

 何もない空間からひと振りの光る太刀が現れ、

薬師はそれを少年に渡した。

「これは『蛇紋様蓬莱丸じゃもんようほうらいまる』、この先君の見守刀みまもりがたなとなる太刀だ、これであの大蛇にとどめを刺す。行くぞ!」

「はいっ!」


 ふたりは太刀を構え大蛇に向かって行く。


「コノ力・・・オマエ・・・マサカ・・・神ニ棄テラレシ・・・」


 大蛇に近づくほどどんどんと大きくなる太刀。

それは大蛇を頭から真っ二つに切り裂き、

 やがて完全に左右に別れた胴体はゆっくりと落ちながらバラバラと形を崩していく。

 地上に達する頃には形を留めることもなく跡形も残らず消えていった。


------------


「倒したんですか?」

「そうだ、お前が倒した」

「終わったんですね?」

「そうだな、終わった」


「あ!あの子は?」

「うむ、やばいな」

「え?」


 少年は童がいた方に視線を戻した。

童は腕を組んで終わったか、と安心したようにこちらを見ていた・・・次の瞬間

 童が足元がおぼつかないことに気がついて下を見てしまう。


「へ?嘘!イヤァァァァァァッ!」


 童は気を失ってそのまま落下し始めた。


「いかん、童は高いところが苦手なのだよ。すまんがひとっ飛びして助けてやってくれんか」

「そんな!どうやって?」

「ほら、早く行った!」


 薬師は少年の背中をポンと叩くと少年は急加速で童に向かって飛んでいく。

 あっという間に少年は童の側まで到達して童を抱きとめた。


「落ちる!落ちるぅ!離さないでぇぇぇぇっ!」

「大丈夫だから!暴れないで!」

「わかったから離すなよぉぉぉぉッ!」


 ふたりは抱き合ったまま落下していく。

徐々にゆっくりとはなっているがそれでも激突は免れそうにない。

 かろうじて水の結界目掛けて落下していったのでふたりは結界の表面にぶつかり、ズブズブと沈んでいった後その反動で何度も跳ね上がり収まった頃には二人とも抱き合ったまま気を失っていた。


「あらぁ仲の良いこと、きっと気が合うわね、この先が楽しみだわ・・・」


 ウズメは粥を作りながら少年と童を見守っていた。


蛇蠱その八 了

その九に続く


扉絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023214259089940

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