第七話 〜蛇蠱〜その六

薬師、洞窟に入ること


 堤屋を後にする

飯屋に入っていく人をよく見かけるから丁度時分は昼頃ということか、


 薬師も強飯こわめし屋で屯食とんじきを食べながら堤屋の倅から聞いた話を頭で整理していた。

 まだ子供だ、街から遠くまで出かけたことなどおそらくないであろうから、街道沿いで見つかったのは道に迷ったから、

 町へ戻ろうとして反対に遠ざかる結果になったのではないか・・・

と考えるのが筋、

 つまり子供達が神隠しにあった場所は町から堤屋の倅が見つかった場所の間・・・


 あの子の中には蛇へと奉公人の子供への怖れがあった。

見失ったという神社には後で行ってみるとして、

 薬師は強飯屋を出て人通りのない裏道に入ってから一枚の式神を懐から取り出し、軽く印を切って宙に投げると・・・

 式神はメラメラと燃え始め、やがてゆっくりと灰になり地面に落ちていく。

灰は落ちながら人の形となり、そしてひとりの少女が目の前に現れた。

 娘は鍋やら燃料やら大量の荷物を背負って、と言うより背負わされていた。


「すまんな、童」


 河の民の娘は少し苛ついているようであった。

「師匠、呼びつけるのはいいんだけどさぁ、

弱い乙女に持たせる荷物の量じゃないと思うんだけど?」

「仕方ないだろう、お前が背負っているそれはこのあと必要なものだ。」

「野宿でもするっての?」

「なんでお前と二人で野宿せねばならんのだ?」

「アタイだってお断り、なんでオジサンと二人っきりに・・・」


「これから私と神社に行ってもらう、参道には仲見世があるらしいぞ、菓子屋とか巡るの好きだろ?」


 仲見世と聞いて童の表情がかわった。


「飴・・・買ってくれるなら」

「そんなものでいいならいくらでも買ってやるぞ」

「やった!・・・でもなんか引っかかるんだけど?」

「どうしてそう思う?」

「気前が良すぎる」


 童は今ひとつ信用ならぬと言う表情をしつつも、目の前にぶら下げられた菓子という誘惑には勝てないようで、


「まぁ、そこまで言うなら手伝うけどさ!」

「お前は裏表がないから助かるよ」

「バカにしてるのか?」

「そんなことはないよ、さあ、行くぞ」


 薬師は少々不満げな童を伴って町の中心部に向かっていった。


 仲見世に到着すると先程まで不機嫌そうだった童の表情は、子供らしい明るい表情になっていた。

 飴や干菓子、仲間への土産になりそうなものがないか物色していた。


「これとこれとこれ、あ、それも頂戴!全部このおじさま持ちだから」


 買いすぎだろ・・・少しは遠慮してもらいたいと思いながら、童の無邪気な顔を見ているとつい財布の紐が緩む薬師であった。


 買い物に満足した童は、軒売の熱い饅頭をひとつ頬張りながら薬師と神社へと向かっている。

 通りすがりの人々が童の方をジロジロと見ていることに気がついて


「何かアタイの顔についてるのかな?」

「おなごが歩きながら食っておるからだろ」

「なんで?」

「はしたないと思っておるのかな」

「ふーん、面倒くさいんだな、人間て」


 童は少し恥ずかしいと思ったのか食べるのをやめようとしたが


「そこまで気を使うこともないだろう。お前が食べたいと思ったときに食べれば良い、いずれ見ながら歩きながらでも平然と食べるようになるかもしれんし」

「そ、そうだよな!」


 そう言って童は残りの饅頭を口いっぱいに頬張った。


 神社は間もなく行われる祭りの飾り付けで職人たちがあちこちで作業をしていた。

 一の鳥居には祀っている神様の名前を書いてあった。

誰を祀っているのかと見てみると「須佐之男」と書かれてあったので、薬師は

(河の童を連れてきたのは正解だな)と感じた


「水害が多かったのかの?」

「だろうな、人の力ではどうにもならんからな」


 鳥居をくぐり境内に入る。

童はあたりを見回してみるが特に気になるようなところはなさそうだ


「祠があるね」

「うむ」


 童が言ったように境内の奥、竹林に囲まれたいかにも人が近寄りそうにないところに小さな祠が見えた。


「ほら、あそこ」

 祠の近く、童が指差した先に白い蛇〜周りの人は気が付かないようなのでおそらく見えていないのであろう〜が、じっとこちらを見ていた。


「封じる」

「できるか?」

「あまり強い霊力は感じないし、やってみる」


 童は持参していた竹筒から少しばかり水を掌に注ぎ、ふっと息を吹きかけると水はゆっくりと前の方に伸びていく。それは命を持っているかのように自分の意志で蛇の方へ進んでいく。

蛇に霊力を感じ取られないよう薬師が念を唱えている。

 水の帯が蛇にまとわり付こうとしたとき-


「気づかれた!」


 僅かな気の乱れを感じ取ったのか、蛇は急に祠の中に逃げようとした。


「問題ない、絡みとれ!」


 薬師に言われる通り童は水の帯を一旦四散させる。霧となってまとわりつき蛇は網に絡まったかのようにもがいている。


 神隠しのことについて問うてみる。

蛇は微動だにしない。


「少し怖がらせるか」と薬師は堤屋で遭遇した蛇の欠片(炭となっていたが)を取り出して蛇に見せてみた


「お前もこうなりたいか?」


 先程の蛇は流石に敵わないと諦めたのか二人を祠の方へ向かう様案内し始めた。


「大丈夫かな」

「あれは下っ端の蛇だ、大した知恵もあるまい」

「だといいけど」


 祠は入り口こそ狭く腰を屈めないと通れそうになかったが奥に進むにつれ通路は広く大人の背の高さでも天井に届かないほどになっていった。


「ここは?」

「抜け道だな、祠に見せかけてはいるが何も祀ってはおらぬ。

武士もののふたちがいざという時に町から逃げるため、目立たぬところに作っておいたのだろう」


 蛇の案内でどれだけ歩いたろうか

大分先に明るい光が見えてきたので童が走っていく。


「師匠〜!早く!」


 外に出ると目の前にあったのは切り立った岩場、そして大きく口を開けた洞穴であった。後ろを振り向くとどういった仕掛けか、さっき通ってきた祠からの抜け穴はみえなくなっていた。


「これは狐か、いや蛇に化かされたかな」

「まさか、帰れないとか?」

「いや、ここが目的地と言うことだよ」


 薬師は蛇に向かって


「子どもたちはあの洞穴の中にいるんだな?」

と聞くと、蛇も洞穴の方を向いていたので


「ありがとう、お前はもう自由だよ」

と言って蛇にかけていた縛を解いてやった。

 蛇はあっという間に草むらの向こうへと消えていった。


 改めて洞穴を見てみる。

なだらかな斜面の先に大きい穴が口を開けている。

小さな山の側面が陥没したような形状で、近づいてみると深淵に向かって真っ黒な闇がどこまでも続いているような不気味さが漂ってくる。


「師匠、あのてっぺん・・・」

 童が指差す先に少年らしき姿が見える。

全身が白く光っていて表情はわからないが、


「怒っているな」

「やっぱり?」

「来るぞ!」


 少年は手を薬師たちの方へ向けると、指先から何本もの光の束が伸びる。

そのまま鋭い刃となって薬師と童に襲い掛かってくる。


 一瞬の出来事であったが間一髪のところで薬師は童を抱いて攻撃をかわした。

だがその先にまた刃の攻撃が襲ってくる。

 かわしてもまたその先を読まれているように段々と逃げ道が塞がれていく。


「これは、懐に飛び込むしかないな」

「えぇっ!洞窟に飛び込むってこと?」

「やむを得ん、行くぞ!」

「ちょっとぉ!暗いの嫌なんですけどぉぉぉぉッ!」


 嫌がる童を抱えて薬師は少年の攻撃をかわしながら洞窟の中に逃げ込んだ-と言うより穴の底に向かって飛び降りた。


「いやぁぁぁぁっ!落ちる落ちる落ちる!」

「安心しろ、抱きつくな!そして耳元で騒ぐな!気配がわからぬ!」

「だぁってぇ!」

「落ちてはおらん、降りておるだけだ」

「・・・本当だ」


 薬師は指先に小さな明かりを灯していた。

やがて目が慣れてくると洞窟の中をゆっくりと降りていくのがわかった。


 ようやく地面に降り立ったので童は薬師から離れてあたりを調べ始めた。


「上の方はゴツゴツとしていたのにこのあたりは地面も壁も柔らかくて・・・ヌメヌメとして気持ちが悪いね・・・正直帰りたい」

「確かに居心地の良さそうな所ではないな。それに腐った臭いもする」

「まさか死体がゴロゴロとか?」

「いずれそうなるかもな」

「へ?やっぱりアタイ死ぬの?」

「お前ではない、あそこを見ろ」


 明かりの先に倒れているのは子供のようだ、それも何人かいるようだ。


童は子供たちが僅かに息をしていることを確認していたが、ひとり童に向かって尻を突き出している子がいたのでつい・・・


「尻子玉ぁぁぁッ!」

「やめておけ、この子らは親元へ返さねばならぬ」

「だぁってぇ、子供の尻子玉は穢れていないからキラッキラで綺麗なんだよめったに手に入らないんだよ!」

「・・・」


 流石に薬師は怒るとヤバイと感じたのか童は尻子玉を抜き取ることを諦めた。

 薬師に全員の生死を確認するように言われたので渋々呼吸を確認していく。

 あとひとり、となったところで童の動きが止まった。


「この子、死んでる」

「!」

「でもおかしいよ、この子だけ体中ひどい傷だ、足も折れてるしまるで・・・」

「高い所から岩場に落ちたような?」

「そうだね、でもなんてこの子だけ・・・」


 あたりにグルルル・・・と響く音が下かと思えば地面が小刻みに揺れ始めた。


「地震!?」

「いや・・・地震ではない」

「でも揺れが酷くなってる!」

「我らのいる所は洞窟ではないな」

「どういう事?」

「説明はあとだ、この子らを皆、水に絡めて地上に連れて行くぞ!」

「地上って?またアイツが攻撃してくるじゃん!」

「私の読み通りなら、あの子はもう襲っては来ん」

「大丈夫かなぁ」

「ここにいる方が危ない、飛ぶぞ!」


 薬師は子どもたちを絡めた水の網を童に持たせ、童を抱きかかえて足元に丸い印を浮き上がらせた。

 軽く身をかがめ飛び上がる。

高いところに印を出し、着地と同時にまた飛び上がる。

段々と跳躍は大きく加速していき、薬師は飛ぶように上昇していく。


「降りるときより速いのにこんなに時間かかったっけ?」

「外に出たら分かる。体を屈めておけ!」

「え?!まさか!入り口がぁぁぁぁッ!」


 ぱっくりと開いていた洞窟の入り口がゆっくりと閉じていく。

 周りのゴツゴツとした岩肌が牙のように薬師たちに襲ってくる。

 さらに背後から細長い鞭のような何かが薬師たちを絡めとろうと迫ってくる。


「師匠ぉ〜!」

「抜けるぞ!」


 洞窟の入り口が閉じようとする間際で薬師たちはようやく外に飛び出すことができた。


「師匠、あれは・・・?」

「うむ、これは大きな・・・」


 洞窟と思われていたそれはいまや天にまで届くかのように長くその体を伸ばしていた。

 岩肌のようにゴツゴツとした鱗、

洞窟の入り口と思われた所が再び口を開き、

牙の間から細長い舌を出している。


大蛇おろち!」


それはとぐろを巻きながらも雲を貫かんとする大蛇であった


「もしかして師匠のお知り合い?」

「どこぞの神が鎮めていたのだろうが、何かがあって戒めが解かれたのだろう。それがあの子かな」


 大蛇は何度もその大きな口を広げて喰らおうと襲ってくるが、薬師はそれをなんとかかわしている。


 童は薬師と同じくらいの高さに先の少年か浮いていることに気がついた。


「あの子・・・」

「ひとりだけ死んでいた子だな」

「そうだね、どうする?」

「とりあえず皆を地上に下ろす、童は結界を張って皆を守れ」

「アタシ、みんなを囲めるだけの結界なんてまだ張れないって!」

「ハッ!そうだったな!」


 薬師はやや苦笑いしながら大きく九字を切る。

「ウズメさん、頼みます!」


 薬師が童を抱えていた手を緩めると子供たちとも地上目がけて落下していく。


「師匠!落ちてる!今度こそ死ぬっ!」


 地上に激突する、と童は諦めてありったけの薬師への呪詛の言葉を吐いていたのだが童たちの身体は水で出来た鞠の中で護られ、跳ねながら地面を転がっていた。


「助かった・・・」


 安堵した童の目の前に浮かんでいたのは

美しく整えられた真っ白な長い髪、

白と緋色の袴姿の女性であった。


蛇蠱その六 了

その七へ続く


扉絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023214010471554

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