第六話 〜蛇蠱〜その伍

幕間狂言わるあがき


 堤屋の主人は苛立っていた。

あの薬師は全てを見通してしまうのではないか

きっと奉公人のことまで見通してしまうのではないか


だとしたら手を打たなければ


 奉公人が失踪したことが広まったら店はおしまいだ。

 虐めていたのではないか?まさか殺してしまったのではないかなどと噂にでもなったら・・・

 息子はなんとか正気に戻った

あとはあの薬師をどうしたものか・・・

 口止めのために報酬を上乗せするか、

どうせ大した稼ぎはないだろうから金をちらつかせれば喜んでこちらの言うことを聞くだろう。

 あのような得体のしれない者はとっとと街から出ていってもらうに限る。


 主人の考え込む表情を横で見ながら妻は思いに耽る。

 目があったときに心を奪われた。

 妖しい瞳、細いが力強そうな腕と脚、

きっとあちらの方もさぞかし逞しいに違いない。

 金の為に後妻になったとは言っても、あまりに歳が離れすぎて

抱かれても嬉しくも何とも無い・・・

 あの薬師を囲ってしまおうか

いや、一か所にとどまるような男ではない、きっと行く先々で女と懇ろに・・・


 あぁ、早く戻ってこないかしら、

あの男を思い出すだけで身体が火照ってくる


奪ってほしい!


 心が通わぬ夫婦がそれぞれ別の思惑を巡らしている部屋に薬師が戻ってきた。


「お待たせいたしました」

「長かったな」

「いろいろと聞きたいこともございましたので」

「ふむ・・・とにかく、息子の憑き物もいなくなった事だし、これでお仕舞いと言うことだな」


 主人は念を押すように言った。


 (この一件には関わるな、と言うのか?他の子らが未だ行方しれずだというのに)


「私はこのあと神かくしにあったという子らを探してまいります」

「なぜそこまでせねばならんのだ」


 主人は少し苛ついているようだ、よほど町に長居されては困るのか、


「この神隠し、蛇だけの所業にあらず」

「どういうことだ?」

「お子様のお命を狙っておるのですから、放っておけばまた同じようにお子様が狙われるでしょう」

「・・・」


「お子様の腹の中には蟲を残しております。また同じような事になった時は蟲が追い出してくれるでしょう。しかし」


 薬師は主人を睨みつけるように


「他の子らを見つけ出し、蛇とあとひとり・・・屋敷からいなくなったという奉公人の行方も探さねば此度の禍い、終わることはないからでございます」


「むむ・・・」


 この男はおそらく全て知っている。

なんとかその饒舌な口を黙らせなければ、


 主人は側の箱を開けて中から証文を一枚取り出した。


「と、とりあえず息子を助けてくれた報酬を支払おう。約束では銭千枚であったが、これでは少なすぎよう、桁が違う」


「左様、桁が違いますな」

「そうそう桁が・・・」


 主人が額面を書こうと筆を動かそうとするが、手の自由が利かない。筆は勝手に動き始め


一・・・◯・・・◯・・・◯・・・貫・・・


 千貫と書き終えると主人は証文を薬師に・・・

渡そうとするその腕を必死に抑えようとするが抗いきれずとうとう薬師の手に・・・


「なんと、これは桁違いな!お子様の為にこれだけ戴けるとは!

子を想う親の気持ち、私大層感激いたしました!

このような大金、私の懐に納めるにはあまりに多すぎます。

私への報酬はお約束どおりで結構でございます。

この千貫はぜひ、子供らの学び舎などにおつかいくださいませ」


「な・・・なぜ?」


「さすればご主人様の評判も上がりましょう」


 名を上げてやるから邪魔をするな、ということか?


「サル!」

 薬師が叫ぶと庭に大男が現れた。

「この証文をお役人に預けてくれ、堤屋が身分を問わぬ学び舎を造ってくださるとな」

「心得た」


 薬師から証文を受け取った大男は音を立てずにその場からいなくなった。


「では、私はこれにて・・・」


 薬師はまたわざとらしく大袈裟に頭を垂れて部屋から出ていった。


 銭千枚、大した稼ぎではないがあの尊大な堤屋の呆けた顔を見ることができただけでも良しとしておくか・・・


「お待ちくださいませ!」

 屋敷をあとにして薬師が町中へ向かおうとすると堤屋の妻が追いかけてきた。


「息子の事、お世話になりました」

「お仕事で受けただけのこと、改めて礼を言われる程のことではございません」

「ですが、主人の非礼もございましたので」

「あなたが気に止むことでも・・・」

「何かこの町でお困りのことなどございませぬか」

「困るといえば、神隠しの一件が片付くまでこの町に留まらなければならないのですが、祭りの前で宿が見つからず困っております」


 女はしめしめと懐から1枚の紙を薬師に手渡した。


「私が懇意にしている宿でございます。これを渡せば良くしてもらえることでしょう、是非お声掛けくださいませ」


 面白い話を聞かせてくれそうだ

それにこの女、なかなか艶めかしい

さぞかし夜の方も愉しませてくれるかもしれない


「奥方様もよくお使いになるので?」


「野暮な話は・・・今度お逢いしたときに」


 女はそう言って踵を返して屋敷の中へ戻っていった。



蛇蠱その伍 了

その六へ続く


扉絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023213738428907


 

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