第伍話 〜蛇蠱〜その四

薬師、神隠しを暴くこと


「お前が・・・コロシタ!」

「赦さない!ゼッタイニオマエヲ・・・」


 部屋にひとり伏せっている少年、

春になろうというこの時期に脂汗を流し、うなされている。

 8日前、神社の境内で行方がわからなくなってから5日後、この少年はこの町からずっと離れた山中で見つかったという。

 身ぐるみを剥がされたのか、着るものもなく街道の茂みに隠れていた所を通りがかりの旅の男に助けられたらしい。


 助けた男の話では、ヌメヌメとした液体のようなもの体中にかけられて青白い体が震えており

ただひたすら「蛇が・・・蛇が・・・」と囈言うわごとのように繰り返していたと言う。


 薬師は太夫の手引で両替商「堤屋」を紹介してもらい店の奥に入る。

奉公人たちが慌ただしく働く中を奥へと案内される。

 店から廊下を渡り離れの座敷に向かうと、

店の主人、その妻、そしてあとひとり、向かい側に男が部屋の中で座っていた。


 軽く挨拶を済ませ、薬師は主人に案内されるまま男の横に座った。

主人は恰幅かっぷくの良い初老といったところか、

妻の方は主人よりかなり若く見える。十を過ぎた子を産んでいるとは思えず、後妻かもしれない、と薬師は思った。

 時折こちらをチラチラと見てくるので目を合わせてみると顔を赤らめて目を背ける。


 これは後々愉しみだとにやけるのは薬師の悪い癖である。


 隣の男を横目で見てみる。

祈祷師を名乗っているのか、どう考えても胡散臭い。

見た目だけはそれらしく整えてはいるが、薬師が今まで見た中でも極上のいかさま師である。

 適当に護摩でも焚いてブツブツと祈祷さえすれば幾ばくかの祿ろくを手に入れられるのだろうが、

それでは子供が助かればと願うこの両親が哀れに感じられたので、薬師は男の化けの皮を剥がしてやろうと考えた。

この男が二度とイカサマが出来ないくらいの屈辱をあわせてやろうと。


「うちの倅が蛇に取り憑かれておる、

倅を正気に戻した者に望むだけの報酬を与える」


-与える、ときたか


 人に頼む言葉ではないな、と薬師は思った。

いや、そもそも自分を下賎な人間と馬鹿にしているのではないか

頼み事をするような相手と思っていないのか


 ならばこの男と合わせて一泡吹かせてやろうか、そうすれば扱いも変わろうというものである。


 薬師はわざとらしくも恭しく

 「まずは、お子様のところに案内いただけますでしょうか」

そう言って立ち上がり、堤屋夫婦に案内するよう促した。

祈祷師らしき男も慌てて後を追った。

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 そして先ほどの部屋、


 陽の光を怖がるらしく雨戸を閉め切り、

昼間でも薄暗い部屋・・・


「昼間はずっと寝たままで、日が暮れると急に起き上がり『蛇だ、蛇に襲われる!助けてくれ!』と叫んでおるのだ。

町医者にも診てはもらったが、打つ手がないと言われてな・・・

そうでなければお前らには頼まんのだが」


 酷い言われようだが、このような事今まで何度と耳にしたことだ、と薬師は気にすることもなく平静を保っていた。


 さて、どうしたものかと思案していると、

「まずは我が法力にてお子様をお救いしてご覧にいれまする!」


 男は薬師を押し除けて子供の側に座り、背負っていた箱から怪しげな道具を取り出しては並べ始めた。


(怪しげな儀式でも始めるつもりか?)

薬師が訝しむ中、祈祷とやらの用意ができたらしく

男はまたブツブツと何かを唱え始めた。


(疫病の類とでも思っているなら九字くじでも唱えながら四縦五横の印を切るといったところか・・・これでは店の主人、信心が足りぬとか言われて金を巻き上げられるぞ・・・)


薬師の予想通り、男は刀印を結び大袈裟に縦に五つ、横に四つの格子を描きながら九字を唱え始めた。


臨兵闘者皆陣列在前・・・


ただひたすら大声で九字を唱え汗を流しながら四縦五横を切っている。


 やがて・・・


「喝ーーーっ!」と叫び男は卒倒した(ように見えた。)


「ど、どうした?」

「の・・・呪われておるっ!」

「呪い・・・だと?」

「蛇じゃ!蛇に呪われておるのじゃ!あぁ恐ろしいことじゃ!」


 (私は何を見せられているのか?)

薬師は軽い目眩をおぼえた。


「なんと・・・どうすれば呪いを解くことができるのじゃ?」


(次は治まるまで水垢離みずごり護摩ごまと言ったら完璧だな)


「お子様が快癒するまでお家族の皆様が水垢離をなさいませ、その間私が護摩を焚き、1日も早くお子様の呪いが解かれるようお手伝い申し上げます。」


(駄目だ、死ぬほど笑いたい!・・・これで毎日祈祷料が転がり込むっ!)


薬師は声に出して笑うわけにもいかず、お遊びもここまでとばかりに、誤魔化すように咳払いをして、目の前のいかさま師に問うて見ることにした。


「なるほど、なかなか面白いものを拝見させていただきました。

 さて先程祈祷師殿はこの子が蛇に呪われている、と申されましたが?」


「左様、」


「ではお尋ねいたします。

 その『蛇』とやらはどのような蛇でございましたか?」

祈祷師はそのようなことを問われるとは考えていなかった様でしばらく口をぽかんと開けていたが、


「・・・お・・・大蛇おおへびだ!大きな蛇であったわ!」


「ほぉ・・・大蛇でございますか、それはどのような色姿でございましたか?鱗の文様は?毒はございましたかあるいは無毒でございましたか?」


「なぜそこまで貴様に話さねばならぬ?」


「呪いを解くのであれば呪いがいかなるものか

姿形、色、大きさ、文様、毒など様々な要素を理解しなければ祈祷もできないのでは?と思いまして

いや、あれだけ長いお時間をかけて九字を唱えられたのですからそのくらいはお見通しかと・・・

あくまで、念の為ですよ、念の為・・・」


 主人夫婦は何を言っているのかわからないと言う表情で事の成り行きを見守っていた。


「何が言いたい?」

 男は薬師を睨みつけていた。


「ちなみに・・・祈祷師様が言う大蛇というのは、あなた様に這いよっている『それ』の事でございましょうか?」


「何?!」


 男が薬師の指差す方へ目を向けると・・・


 長さ二尺ほど、太い胴の蛇が男の足元からゆっくりと上に上がってくる。


 腹、胸、そして首筋を伝う

そして男の首筋に頭が差し掛かったとき


蛇はグワッと大きく口を開け、

男の首めがけて牙を剥き出しにして襲いかかった!


「ヒッ・・・ヒェーーーッ!」


 蛇を振り払い、それでも払いのけることができず、呻き転がりながら部屋から飛び出した。


「へ・・・蛇だァァァァァッ!」


 男は荷物もそのままに屋敷から逃げるように立ち去っていった。

−−−−−−−−−−

堤屋の夫婦は何があったのかわからず、

「一体、何があったと?」

「はて、何だったんでしょうねぇ」

「蛇が・・・と言っていたが、そんなものいたかね」

「私にも見えませんでしたねぇ」


 知らぬ風でとぼける薬師、

 なんのことはない、少し術をかけて男に蛇の幻影を見せてやったのだ。能力のない男には殊の外効果があったらしい。

 おそらく一生蛇に追いかけられることだろう

哀れでしかない。


「あの男は何をしたかったんだ?」

「噂を聞きつけてお宅様から金を巻き上げようとでもしたのでしょう。よくあるいかさま祈祷師の手口ですよ」


 あの男がやっていたことは、大昔に金に困った薬師が適当に書いて売っていた祈祷の指南書をそのままなぞっていたのだ。薬師が訳知り顔で話すのも当たり前のことである。

 ただの人間が読んでもなんの効果もない、能力者だけが理解できる書法で纏めたものが未だに出回っているとは・・・


 若気の至りとはいえこれは厄介と、薬師は夫婦に見られないよう隠れて小さく印を切った。

至るところに散らばっている正本も写本もこれで白い紙に戻るだろう。

−−−−−−−−−−

「薬師と言ったな?」

「左様で」

「薬で息子が治るというのか?」

「薬だけではございません、場合によっては蠱毒や蟲なども」

「先程の男のようなことはないのか?」


 いかさま師と同じように見られているな、と薬師は感じていたので少し大げさに技を見せてやろうと考えた。


 薬師はわざとらしくくるりと身を翻し、大きく腕を広げて


「嘘か誠か夢幻か、今こそ薬師がお魅せする、現し世の全てを御覧あれ・・・」


大きく手を広げて指をパチンと鳴らすと、真昼なのにあたりが真っ暗になって見えるのは薬師と堤屋夫婦だけとなっていた。


「何をした?」

「いんちきな祈祷師のことをお忘れいただきたく、露払いと申しますか、ちょいとした余興でございます。」


 暗闇の中にボゥっと浮かび上がったのは満開に咲き誇る大きな桜・・・


 夫婦が見とれているとその桜の木は更に大きくなりこちらに迫ってくる。


 ぶつかる!と目を伏せるが何も起こらず、

目を開いてみると

先の部屋に桜の花が風に舞い部屋を覆いつくしているではないか


「ご挨拶程度にお見せいたしました。改めてご挨拶させていただきます。

薬師と名乗ってはおりますが、様々な術式をもって皆様のお役に立たせていただいております。

薬だけではなく針、灸、徒手療法としゅりょうほうなど」


「体もほぐしてもらえますの?」


 妻が初めて口を開いた、薬師に見惚みとれていたようだ。


「様々なところを、お望みのままに・・・」

「あら・・・それでは」

「それよりも息子のことだ」


 主人が不満げに話に割って入る。

「お前はどうやってこれを治すつもりだ?」

「そうですね・・・」


 薬師は布団の中で眠っている子供の横に座り、

背負っていた大きな薬箱を傍らに置き何やら取り出して

「これを・・・」

そう言ってふたりに小さな小瓶を見せた。


 透明な瓶の中にはわらわらとうごめく小さな黒いものが数匹見える。


「何だそれは?」

腹中虫ふくちゅうむしでございます」

「そのようなものを腹の中に入れるのか?」

「お子さまに取り憑いているものを内側から追い出すのでございます。」

「大丈夫なのか?」


 薬師は子供の背中に腕を差し込み、上半身を起こし小瓶の中に入っている蟲をひとつ口に押し当てる。


 丸まっていた蟲は脚を伸ばし、口を広げて中に入っていく。

子供を横に寝かせ、手刀を切り小さい声で唱え始める。

 喉から腹に向かって体の表面が大きく波を打つ。

子供の体が激しく痙攣を起こし白目を剥いて苦悶の表情を見せる。


「薬師!これでは息子が死んでしまう!」


 妻はオロオロとするばかり、

主人は止めさせようと薬師の手を掴もうとするがするが、


「お静かに!」

 薬師の一言は毒の刃のように夫婦に刺さり身動きが取れなくなった。

「腹中虫が腹の中にいる間はお手を出されないように、さもなくば腹を割いて外に飛び出してしまいます」


 やがて痙攣は収まり、子供は上半身を起こし

そして大きく口を開いたその時、


「ゲェェェェェっ!」


 と腹内の全てを嘔吐し、更に出てきたものは


「蛇だ!」

 主人が叫んだ


 吐瀉物の中に一尺ほどの白い蛇が横たわっている。

ノロノロと動き回りやがてとぐろを巻いて薬師の方を向く。


 (蛇、いや、これはまやかしか)


 薬師は蛇を左手で掴む。

蛇は腕に絡みつき千切れんばかりに腕を締め付ける。

 薬師が右手で手刀を切ると蛇は力を失いその姿はあとかたもなく消え去ってしまった。


 子供はゼェゼェと荒い呼吸をしていたがようやく落ち着いた様で傍らの父親の顔を見て

「父ちゃん!」

と主人に抱きついた。


「おお・・・良かった、よく戻って来た!」

 主人は泣きながら子供を抱きしめた。

妻も涙を浮かべていた。


「さて、ここからが本番・・・」

 薬師は改めて夫婦の方に向き直った。


「取り憑いていた蛇は取り去りましたが神隠しにあった理由がわかりませぬ、また未だに幾人かの子供が帰らぬままと聞いております。

 この子と話をさせて頂きたく存じます。

お二方におかれましては別室にてお待ち頂きたく」


「どういう事だ?」

「奉公の子がおひとり行方しれずとか」

「それが関係あるとでも?」

「それが分からぬからでございます」

「薬師よ、検非違使けびいし放免ほうめんのような事までする事はなかろう?」


 主人は語気を強めて薬師に話しかけている。

どうやら探られたくない事があるようで


「蛇は・・・」

「なんだ?」

「蛇は取り去りましたが、蟲はお子様の腹の中に残してございます」

「な・・・?」

「私に何かありましたらその虫が先程のように騒ぎ出しまして、

やはり腹を割いて出てくるやもしれませぬ」

戯言ざれごとを・・・!」


 主人に抱かれていた子供が再び白目をむき激しい痙攣をしている。腹の辺りでモゾモゾと何かが動いている。

-蟲だ。


 主人は目が泳ぎ狼狽うろたえるばかり、

そしてとうとう観念したのか


「わかった。勝手にしろ」

と吐き捨てて子供を薬師に預け部屋を出ていった。

妻も一礼して主人の後を追った。

−−−−−−−−−−

二人きりとなった部屋で薬師が問いかける。


「ゆっくりで良い。起こったことをすべて話しなさい」

「何も・・・やってない」

「10日程前のこと、もう忘れたのか?」

「・・・」

「話したくないのか?」

「・・・」

「殺したな?」

「違う!アイツが勝手に・・・」

「命を断った?・・・違う、お前達はその子を虐めていた?・・・そうだな・・・その時更に蛇で驚かせようと・・・そして深い洞窟の底に・・・

お前はその子を助けようともせずその場から逃げたのか?そうだな?」

「ち・・・違う!」

「ならば!」


 部屋が急に暗くなり子供の目には薬師しか見えなくなっていた。


「お前や未だ神隠しから戻ってきていない子らがその子を殺したのではないのか?!そして傍らにはあの蛇がいた。そうだな?」

「・・・覚えているはずのことがはっきりしないんだ!昨日は俺達がアイツを洞穴まで追いかけて洞窟に突き落とした夢だった・・・その前は山奥で谷から落ちていった。毎日見るのは違う夢だけれど、アイツはいなくなってしまうかどこかに落ちていくんだ・・・その度に『お前のせいだ』って責めるんだ・・・でも今日見た夢は祠の周りでアイツを虐めていたら、アイツ隙を見て祠の先に逃げやがった・・・みんな祟られるから中になんて入らないのに・・・毎日毎日違う夢でアイツは俺を責めるんだ!俺達が虐めたせいで!」


「なぜ大人たちを呼ばなかった?」


「・・・怖かったから・・・」

「言い訳にならぬな、虐められ逃げ場を失ったその子の気持ちが分からぬか」


 ボロボロと涙をこぼす子を薬師はもう責めることはなかった。責める価値のない相手だと悟った。

 贖罪の言葉もなく、ただ言い訳だけを並べるこの子になんの咎を与えようかと、そればかり考えていた。


 ただ気になることは・・・話の中から所々に感じる違和感を薬師はぬぐい去ることはできなかった。

 祠、洞窟、異なる夢を見させて精神的に追い込んでいるのか?・・・


「これからどうするべきか、わかるな?」

 黙って頷く。


「その子の生き死にに関わらずお前たちはその咎を背負って生きなければならない」


「わかった・・・」


「その咎から逃げ出せば先程のように腹の蟲が騒ぎ出すからな・・・」


 ビクッとなった子の顔を見て、やはりまだ幼いな、と薬師は笑いながら


「よろしい、おまえはまだやり直せる。

根は素直な子だからな・・・

だが・・・お前の父親には少し灸を据えね

ばならんかもな」

「お父は何も悪くないが?」

「これからのことだよ」


そう言って子供を寝かしつけ、薬師は夫婦のもとへと向かうことにした。


蛇蠱その四、了

その伍に続く


挿絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023213680297572

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