第四話 〜蛇蠱〜その参
〜薬師、太夫に逢ひしこと〜
この段には性的な表現がございます。
ご承知の上読み進めてくださいませ。
「道中でございます!」
楼内に妓夫達の大きな声が響く。
雑踏が割れるように道を空け、その中を
両脇にはお気に入りの禿、後ろには
やがて道中は薬師が待つ揚屋に到着した。
禿達を連れて中に入る太夫。
「
部屋に入り、薬師に一礼する。
食事と酒を芸妓達と愉しんでいた薬師と目が合う、
太夫と顔を合わせるのは初めてであったが、
薬師はその顔になぜか見覚えのある懐かしい記憶を呼び起こされるのであった。
「まさかな・・・」
「どうされましたか?」
「いや、あなたの色香に私が目を奪われたようだ。
それはそうと、
「あちき、とでも申しましたらよござんすか?」
「いや、そのままでいい。その方があなたには似合っている」
「では、このままで。
もしや、私の顔がお馴染み様の顔に似ておりましたでしょうか」
似ている、というより瓜二つと薬師は感じた。
昔、心を通わせたひとりの女性そのままであった。
太夫は人払いをさせて部屋には薬師と2人きりとなった。
廊下にいた禿達にも揚屋の下に降りるよう命じた。
人気がなくなったことを確認して薬師は太夫に問うてみた。
「まさかとは思ったが、あなたは狐の・・・」
「さすが帝都の呪詛師と呼ばれるお方、ご縁がありましてこの町の妓楼に住まわせていただいております。」
「なるほど、得意の客の好む顔に似せるのか」
「お陰様で皆様から良くして頂いております」
敵意は感じない、と言うよりこの太夫は・・・
「今宵、私が訪れることも?」
「はい、幾日も前からお待ち申し上げておりました。
神隠しが起きた日から・・・」
「聞かせてもらおうか」
「七日ほど前のことでございました」
太夫はこの町の有力者の子供達が次々と行方がわからなくなっているのだ、と薬師に話をした。
今のところ行方がわからないのは四人、ひとりは見つかったがかなり取り乱しており・・・
「蛇、蛇が・・・と叫ぶばかりだそうでございます。」
「神隠しにあったと言われる子らにはなにか共通するものが?」
「戻ってきた子は両替商、堤屋の嫡男、あれは取り巻きを引き連れて親の名前をいいことにやりたい放題の悪垂れでございます。他の子らも取り巻きとのこと」
「蛇がどうとか言っていたが?」
「それは私にも分かりかねますが・・・ただ、」
「?」
「堤屋に奉公している坊やがひとり、店から逃げたと噂になりましてね、あの悪垂れにいじめられて里に逃げ帰ったとか」
「里に帰ったなら
「それも分からぬそうで」
「ふむ・・・」
薬師は太夫が嘘や何かを誤魔化そうとしている風には思えなかったので更に聞いてみることにした。
「太夫は、その子、奉公人がどうなったと考えている?」
「おそらく、もうこの世には・・・」
「殺められた、と思うか?」
「・・・」
太夫は無言で答えた。
「とりあえずは堤屋に行ってみるが・・・太夫、店に顔は利くかい?」
「では、こちらを」
太夫はしたためておいた文を一通薬師に渡した。
「紹介状か、準備が良いな」
「申し上げました。あなた様がお越しになることは存じておりました、と」
薬師は文を懐に仕舞いながら、
「太夫の本当の顔を見せてはもらえぬか?」
「どうしても、でございますか?」
「今宵枕を共にする女の素顔くらい、知っておきたいと思うのだが?」
「私を狐と知って尚お情けをかけてくださるのですか・・・」
「人をたばかる狐ではあるまい?おそらくは九尾の・・・」
「
玉藻と名乗った太夫がゆっくりと顔を上げると、
先ほどより少し痩せた、だが目鼻立ちのしっかりとした美しい女性の顔になっていた。
玉藻、鳥羽上皇の寵愛を受けた美福門院のもうひとつの名前である。
「おお、やはりあなたは玉藻殿であったか!
だが、
「
坂東武者に追われた折も式神を操って・・・」
それはあからさまに下心があったからだろう、と薬師は思った。あの女泣かせの男の子孫なのだから。
寂れた山村だったこの町は、東西の往来が活発になり、宿場として栄えると、
やがて町外れに妓楼が作られていった。
口入屋が町の外から貧しい家から娘達を集めてこの街に売りにくるようになり、
太夫もその中に紛れてこの街に移り住むようになった。
素性を隠して生きていくには過去を問われることのない妓楼がしかなかったのである。
上皇の寵愛まで受けていたこの女性が遊女にまで身を
「ここにいれば外から来られた方から様々なお話が入って参ります。私は外に出ることは叶いませぬが、お力になることができればと、先程の妓夫に動いてもらっております。
泰成様が仰いました。『人の為に生きよ』と」
「想いを寄せておられたのか」
「それは・・・お聞きにならないでくださいまし」
はるか昔にこの世を去った男を思い続けるとは
「私と同じだな」
「!」
「私も、遠い昔に失った大切な
「お互いに・・・叶わぬ夢から醒めることはできないのでございますね」
太夫の目に涙が溢れていた
「泣くではない、太夫の綺麗な顔が台無しではないか」
「見ないでくださいまし」
太夫を愛おしい、と思う気持ちが込み上げてきた。
人に裏切られても尚、人の為に生きようとするその心に
薬師は太夫を強く抱きしめた。
唇と唇を合わせ首筋に優しく指を這わせる
襟合わせから手を入れると手のひらに収まらない程の豊かな膨らみを感じる。
薬師は優しく撫でる
耳元から伝わってくる太夫の吐息と掠れるような声
二人は寝所に場を移して体を絡めあった。
灯りを落とした部屋の中で二人は
「薬師様・・・」
乱れた服を肩から掛けたまま太夫は薬師の背後にもたれ掛かった。
営みの余韻が残っているのか、太夫の身体はまだ
薬師は
「まだ、何か私に話したいことがあるのではないか?」
「そうですね・・・なんでもお見通しなのですね、こわいお方・・・」
太夫は昔の話を語り始めた
「ここにご厄介になった頃のことでございます。
同じ頃に口入屋が連れてきた娘がおりましてね、器量もよかったのですが、その子、蛙をそばに置いてましてね」
蛙・・・薬師は何か気になることがあったようであったが、太夫の方を向いて更に話を続けるように促した。
「こんな身の上ですからなんとなくわかるんですよ。
確かにその娘は蛙に魅入られているように感じまして、いい娘だったんですよ、いじめられても耐えてましたし。でも・・・」
「胸のところに大きな痣がありましてね、
表には出せないからずっと下働きで」
太夫は思い出話に涙を浮かべていた。
「私とは同じ頃に入りましたから、
勿論私は禿のように小さい娘になりすましていたんですよ、
あの娘と気が合いましてね、気にかけてはいたんですけど・・・」
「逃げた?」
太夫は頷いた。
「逃げおおせたら良いのですが、逃げ出し遊女には折檻が待っておりますから毎日気が気でなかったですよ。
連れ戻された娘の中にいないか、
遂に太夫はわっと声を上げて泣いてしまった。
「九尾の狐と知らなかったとは言え私に良くしてくれた娘なのです。
初めてできた親友と思える娘だったのです・・・
もし、生きているのならひと目会いたいと」
「わかった、もし私の旅の中でその娘のことが分かったら太夫に伝えよう」
「呪詛師様・・・」
ふたりは熱く抱き合い、朝まで深い眠りについた。
蛇蠱その参、了
その四に続く
扉絵はこちら
https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023213598286163
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