第参話 〜蛇蠱〜その弍

〜薬師、色里いろざとに入ること〜


この段には性的な表現がございます。

ご承知の上読み進めてくださいませ。


 十日後

・・・

 ここは東国の小さな町、

谷沿いのくねくねと曲がった細い道を延々と歩くと目の前にこじんまりとした町並みが広がっている。


 薬師がこの町を訪れるのは初めてである。

隣り町-とは言っても歩いて半日ほどかかる山間の-で薬を仕入れていた時に、最近立て続けに起こっている神隠しの噂を聞いて立ち寄ったのだ。


 帝がおわす都と比べると遥かに劣るものの小さいなりに活気のある町である。


 町からさらに東に進むと東国の都があり、中継地として人と物の往来が活発な事がその理由である。


 薬師は街の見取りを調べながら今日の宿を探すことにした。

宿場町としての機能を持つこの町なら宿を探すのも難しくはない・・・と思っていたのだが、何件も宿を回ったものの今日は空きがないと断られた。

 数日後に社寺の祭りがあるらしく、

近隣から飾り付けのための職人達でほとんどの宿が埋まっているらしい。


 薬師は野宿にも慣れているので、宿探しは諦めて酒と温かいものでも食べてから色里にでも転がり込むか、などと考えていた。


 町の喧騒からひとつ離れたところに高い塀で囲まれている区画があった。

 1箇所だけ開かれている門をくぐると、陽もとっぷりと暮れているのに真昼かと見紛う灯りと喧騒、通りを行き交う男どもや客引きの妓夫ぎゆう達、妓楼ぎろうと言うよりは豪奢な茶屋と言った風のあるみなしっかりとした建物。

見世から顔をのぞかせる格子達も奥で静かに座って艶かしい肢体をこちらに見せてくる。決してあからさまないかがわしさを見せつけるのではなく程よい色香を漂わせている。

 なるほど、地元だけではなく他所から来る客も上客が多い事がよくわかる。

 他所では話すことの出来ない良からぬことや噂話も酒と女の膝枕の上で口にする者もいるだろう。

 薬師は神隠しの件は明日から、と思っていたが早速情報を集められそうだ、と今夜の相手を品定めする。

 何件か見回ってみる。

どの店も薬師の好みに合いそうな格子達が妖艶な眼差しを送っている。

 目に留まったのは軒に「狐狸庵こりあん」と書かれた看板を掲げた、この辺りの妓楼の中でも一際大きな佇まい。

格子の向こうに幾人かの艶やかな女郎達が薬師を見つめている。


「いい娘がおりましたか?」

 薬師の後ろからこの店の妓夫であろう男が声をかけてきた。

「今日はこの子達だけかい?」

「とおっしゃいますと?」

「この店にしてはえらく若い娘達が多いと思ってね」

「器量良し芸事のたしなみも良し、どの子をお選びになっても決してご損はさせませぬ

お得意様には奥の間にてお望みの娘を選んでいただいておりますが・・・一見様には・・・」


 客筋で扱いが異なるのか-

ならばと妓夫の掌に路銀を握らせた。

妓夫は開いた手のひらの中に光るものをまじまじと眺め、そして

「お客様・・・」

 妓夫が改まって薬師に話しかける。


「実は狐薊きつねあざみという太夫が本日客を取らずにおります。なにやら『今宵は誰のお声かけにも応えぬ』とかで・・・運がよろしければ」


「アザミに化けた狐に弄ばれるのもまた一興、賭けてみるか」

「お客様のお望みも叶うかと・・・」

 薬師は妓夫に連れられて案内されるまま揚屋あげやへと入っていった。


 妓楼「狐狸庵」の最上階の更に奥・・・

艶やかな襖のその先に女は座っていた。

 ろうそくの灯ひとつ、ぽうっと浮き上がるその表情はなんとも艶かしく、それでいて凛とした口元が気の強さを感じさせる。


 襖が開き、ひとりの禿かむろが太夫に声をかけた。

「太夫、お声かけでございます」

禿の呼びかけに太夫は応えた。

「わかりました。今参ります、と妓夫に伝えなさい」

「あーい!」

禿は早足で先ほどの妓夫の元へ伝えにいった。


太夫:狐薊きつねあざみはスッと立ち上がり、

窓の外に浮かぶ月を見上げた。


「お待ち申しておりました。

-帝都の呪詛師-殿・・・」


蛇蠱その弍、了

その参に続く(性的な表現がございます)


扉絵はこちら

https://kakuyomu.jp/users/eeyorejp/news/16818023213577029255

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