第4話
夜、ノックの音がして、どうぞと返事を返すと、扉が開き、サキが部屋に入ってきた。
俺はサキに視線を送って、サキの姿を見た瞬間から、心臓が裏返ったように大きく跳ねて、胸が苦しくなった。
サキは、物凄くオシャレな格好をしていて、見た瞬間から綺麗すぎて、緊張してどうにかなりそうだった。
「ねね、トウマ。この服どうかな?」
サキがそう言いながら、軽やかに一周回る。
「……すごく良いと思うよ」
俺は声を辛うじて振り絞って、サキに返した。
なんだか、サキが違う世界に住んでいる人のように見えた。
いつも長い栗色の髪が三つ編みにされて、三つ編みにされた栗色の髪が頭に巻き付けられるように、纏めて留めてある。
胸上から鎖骨までとお腹が大胆にも見える白色のインナーを着て、その上に黒色のレザージャッケットを羽織っていた。
下は、ダメージ入りのスタイルに沿った黒いスキニーパンツを着ている。
その姿はモデルのようで、かっこよく美しい人が目の前にいた。
「そう? ありがとう! なら、この服で遊びに行こうっと。今度ね、友達からの紹介でパーティに行くんだ。知らない人ばっかり来るからさ。トウマに服見て欲しくて!」
「あ、そうなんだ。いいね、楽しんできて」
俺はサキがパーティに行くと聞いて、もやもやした気持ちになった。
そこにはたくさんの男も来るはずだ。
だが、サキにはそれを悟られないように、サキに笑顔を向けた。
「う……ん。なんだかなーぁ……パーティ楽しんでくるね! じゃあ、おやすみ」
サキが何か腑に落ちないような、不満げな口調と表情をして、俺に挨拶をしたらすぐに扉を閉めて去っていった。
扉が閉まる音だけが耳に最後の余韻として残った。
「え?」
あんなサキの態度や表情を見たのは、初めてかもしれない。
俺が何か気に障る事を言ったのかな。
自分が間違いを犯したような気持ちになって、心臓がいつもとは違う意味で苦しくなった。
これは悲しい痛みだ。
今までサキといて、悲しくて心が痛むことが無かったな。
初めてのチクリとした痛み。
サキがパーティに行く。
サキに嫌われたかもしれない。
俺は、考え込んで体が固まり、悲しさに支配され、世界から取り残された人間のように動けなくなった。
*
八日後の朝。
サキが使っている洗面所の前をたまたま横切ると、サキが誰かと英語で楽しそうに電話をしている声が聞こえてきた。
あれからサキは四日前ぐらいにパーティに行った。
サキがパーティに行った夕方、俺は全然眠れなくてサキがいつ帰ってくるのか気になっていた。
でも、彼氏でもない俺がサキの行動にいちいち水を刺すのはどうかと思って、今何してるの?とか、いつ帰ってくるの?とか危険な目には遭ってないか?とかわざわざ聞ける筈も無かった。
そうこう考えているうちに気づいたら、俺は寝ていて、朝方に大きな音がすると、目が覚めた。
大きな音がしたなっと思って下の階に行くと、明らかに酔っ払っているサキがいた。
サキがキッチンに寄りかかりながら、水の入ったコップから水を口に流し込んでいた。
髪も服も少し乱れて、いかにも朝帰りなサキは、酔っ払って、逆に色っぽかった。
やっと帰ってきたサキに、俺は大丈夫?と声をかけた。
するとサキは、俺にチラッと視線を送ると大丈夫と小さい声で言って、微笑みながら、二階に行ってしまった。
俺はその時、サキに置いて行かれたような気がして、寂しかった。
それ以来、ここ四日間、サキに新しくできた友達だろうか、誰かと楽しそうにちょくちょく話している姿を見かけている。
サキがパーティに行ってから、俺と過ごす時間が前より少なくなった。
サキは相変わらず親切で、俺に良くしてくれているが、なんとなく距離が前より遠くなっている気がした。
俺はここ最近寂しい。
サキが近くにいるのに前と違って、サキを近くに感じられない。
キッチンに立つと、俺は朝ご飯を一人で食べる気分になれず、コーヒーだけを作って流し込み、仕事場のレストランに行く準備をした。
*
家に帰ってきて、リビングに入る。
夕方で、リビングの窓からオレンジ色の光が差し込み、リビングが綺麗なオレンジ色の日で染まっていた。
テレビが付いていて、ソファに座っているサキの後ろ姿が見える。
アメリカ人のアナウンサーが英語でニュースを伝えていた。
俺はクローゼットに行って上着を脱いで掛けると、またリビングに戻って、ポケットから取り出した鍵と財布をリビングのサイドテーブルに置いた。
サキがソファから振り返って、俺たちの視線が交わった。
サキが振り向き様にこちらに顔を向けながら言った。
「トウマ、おかえり」
「ただいま」
いつも笑っているサキが珍しく笑っていなかった。
サキがソファに反対向きに座って、完全に俺に向き直る。
俺はそんなサキを見て、背筋が冷たくなり、なんだか嫌な予感がした。
「トウマ、朝ご飯食べて行かなかったでしょ。仕事の日なんだから、ちゃんとご飯食べないとダメだよ」
「あ、ごめん。なんか食べる気分じゃ無くてさ。気遣ってくれてありがとう」
サキが俺の言葉を聞いてから、眉を下げて、口を固く結び、不満そうな顔になって言った。
「……壁と話してるみたい」
「えっ?」
俺はサキの言ったことが信じられ無かった。
予想もしなかった言葉だった。
サキがソファから立ち上がった後、綺麗な顔を苦痛で歪めながら、矢継ぎ早に俺に向かって言った。
「こんな事言ってごめんね……でも、トウマと私の間にはいつも分厚い壁があるみたい。トウマは私と距離を置いてる気がする。それに、自分が無いみたい、本当にごめんだけど、言うね。なんでも良いよ良いよって言って、自分がしたいこと、好きなことも伝えてきてくれない。トウマは優しいから、私に流されて、ここに泊めてくれてるんだろうけど、迷惑だってことはわかってる。トウマは自分を持ってないみたいだよ。なんで自分の考えを言わないんだろうって……」
「あ……」
サキの言葉が俺の心に冷たく突き刺さる。
そんな風に俺を見ていたのか。
俺はまた言葉に詰まった。
今俺の中にあるのは、俺とサキの関係性に対する恐怖だけだった。
その恐怖に身が竦んで、頭が働かない。
数分間の沈黙が流れた。
サキが先に口を開いた。
「ごめんね、こんなことトウマに言っても意味ないよね。私がただトウマと合わなかっただけじゃん。お世話になったのに……。私、今日出ていく。この恩はまた返す。今はまだお金が無くて返せないけど、連絡先は持ってるから」
悲しい。
俺とサキは合わなかったのか。
うまく行っていると俺は勘違いをしていた。
サキが出ていくというのなら、俺は受け入れるしかない。
彼女がそうしたいと言っているんだから。
「……わかったよ……お礼は、良いよ。今日はもう日が暮れるけど……」
「大丈夫! 友達の家に泊まらせてもらえそうだし。絶対お返しはする!」
「なら、うん……良いのに」
俺は立ち尽くしたまま、負の感情に支配されていた。
サキはそんな俺を残し、俺の横を通り過ぎて行く。
「じゃあ、荷物纏めたら出ていくね」
俺は重い体でサキの方を向いた。
リビングから出ていこうとするサキが俺の方を見て、俺が自分を見ていることに気付くと、サキはここにきて、俺が大好きだった笑顔を俺に向けてくれた。
そして、サキは俺に背を向け、俺の視界からいなくなった。
階段から足音が聞こえる。
リビングがさっきより薄暗い。
日が落ちていく。
電気をつける気分になれず、俺は落ち込んだ気持ちのまま、暗い床を見つめた。
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