第31話 さよならと甘い婚約者

「まったく、君は心配をかけて!」

「す、すみません……」


 自室のベッドの上、私はアンディ様にお説教を食らっていた。

 脇腹の怪我は大したことがなくて、膨大な魔力の消費が原因で倒れてしまったらしい。

 アネッタも無事で、大事を取り治療院で療養しているらしい。


「まるで今生の別れのような言い草で肝が冷えた!」

「うう、すみません」


 くどくど続くお説教に私はひたすら謝るしかなかった。

 目覚めたとき、彼は泣きそうな顔で私を抱きしめた。その表情が出会った頃とは違いすぎて、よほど心配をかけたのだと反省した。


(でも私もあのときは本当にもうダメだと思って……)

「わかっているのか!?」


 しょんぼりしているとアンディ様の顔が間近に迫る。


(あれ……私、もう会えないと思ってとんでもないこと口走りませんでした?)


 急激に顔が熱くなる。その様子を見たアンディ様の口角が意地悪そうに上がる。


「リリー、もう一度あのとき伝えてくれた言葉を言ってくれないか?」

「あ、あのときって……」

「とぼけるのか?」


 視線を逸らした私の頬に手を添え、アンディ様の瞳が覗き込む。

 その甘さに私はいっぱいいっぱいになってしまう。


「頼むリリー、君の口からもう一度聞きたい。君の気持ちを確かめたいんだ」


 真剣に乞う彼にごまかすことはできない。一拍置いて私は言葉を紡ぐ。


「私は……アンディ様に恋をしてしまいました。記憶がなくてもあなたの優しさとその強さに惹かれてしまったんです」


 悪女に想われても嬉しくないことはわかっている。

 でもアンディ様のこれまでの仕草が、瞳が、私に期待を抱かせる。


「俺も……君に恋をした。君の優しさとその強さに惹かれた」


 その言葉に時が止まる。


「君を愛している」


 頬に添えていたアンディ様の手が私を上に向かせる。


「ほんとう……に?」


 信じられない気持ちで彼を見上げると、アッシュグレーの瞳に熱が宿る。


「俺と結婚して欲しい」


 彼の唇が間近まで迫り、思わず目をつぶった。


「?」


 吐息だけがかかり、唇が重ならない。そろりと目を開ければ、頬にキスをされた。


「……すべてが終わってからだな」


 私から身体を離したアンディ様が溜息混じりに言う。


「君を襲ったルートは聖騎士団で身柄を拘束している。あとは明日、神官長の屋敷に突入する」

「……いよいよですね」


 目を伏せた私にアンディ様が手を握る。


「神官長を捕らえたら、君を迎えに来る」

「……はい。お茶の準備をして待っていますね」


 明日が出頭する日になる。急に現実に引き戻され、覚悟していたとはいえ悲しくなる。


「俺は、君と婚約破棄をするつもりはないから」

「え……でも私は罪人になるんですよ?」

「気持ちを確認しあったばかりなのに、君は俺と離れる気でいたのか?」


 でも、という言葉がアンディ様によって遮られる。


「プロポーズまでしたというのに、やはり君は俺を惑わす悪女だ」


 繋いだ手から指を絡められる。


「でも……私、出てこられるかもわからないのに……」

「君の今の功績を考えれば大丈夫だ。グレイブ商会長も動いてくれているらしい」

「マークさんが?」

「ああ。民衆の声が集まれば王家も無視できないからな」


 指を絡めたまま引き寄せた私の手の甲にアンディ様が唇を付ける。


「まあ俺は何年でも待つつもりだったが」

「アンディ様は私なんかでいいんですか……?」


 目頭が熱くなる。いろんな人の優しさが私を救い上げる。


「俺は君じゃないと嫌だ」


 キスしていない方の手を手繰り寄せ、アンディ様はそちらにも唇を付けた。


「あとは君の返事だ。結婚して欲しい」

「……はい」


 彼の真剣な眼差しに自身の気持ちも溢れ出る。

 ぽろぽろと涙をこぼせばアンディ様が呪文を唱えた。


「!?」


 淡い光が私の両手を包む。それが収束すると、手の甲には星の形をした紋様が刻まれていた。


「聖魔法で証を刻めるんだ。君が俺のものである証だ」

「!?」 


 赤くなる私にアンディ様が畳みかける。


「結婚するまでその紋様は消えないからな」

「ア、アンディ様!?」


 にやりと笑った彼に焦る。


「そ、そんな大切なこと――後悔したら――」

「俺は一生リリーを手放さない。君も覚悟を決めてくれ」


 いまだにはっきりしない私にアンディ様が真剣に覗き込む。

 私は目を伏せ、すぐにアンディ様に向き直る。意を決して言葉を絞り出す。


「はい……私をアンディ様のものにしてください」

「!?」


 今度はアンデイ様の顔が赤くなる。


「あっ! あれ!? あの、」


 とんでもないことを言ったのだと慌てふためく私にアンデイ様が溜息を吐いて眉尻を下げる。


「君はやっぱりとんでもない悪女だ」


 そして私の涙の跡を拳で拭ってくれた。


「はい……私は悪女です」


 そう言った私の手を引き、彼は私を腕に収める。


「俺だけの悪女だ」

「はい……」

「君を待っている。戻って来たら結婚しよう」


 そう呟く彼に強く抱きしめられ、私はその幸せに身を委ねた。

 牢屋に入れば辛い日々もあるのかもしれない。悪女の私が幸せになるなんて許されないのかもしれない。


(でも、アンディ様だけは……一緒にいたい)


 どうしても彼との人生を諦められない私は、この世界にいるかもわからない神様に祈った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る