第30話 招かざる客

「リリー様、最近ご自分で準備を整えてしまうから寂しいです」


 外れの治療院に向かう途中、馬車の中でアネッタが不満げに漏らした。


「でも着るのはワンピースだし、髪も自分でできますよ? アネッタには治療院まで手伝ってもらっていますし、私にまで手を煩わすことはないんです」

「でもお……」


 ぷくーっとアネッタが頬を膨らます。

 屋敷のドレスや宝石を売ってしまってからは支度を自分でするようになった。

 そもそも自分で出来るのだから必要ない。それに、ガラガラになったクローゼットをアネッタに突っ込まれるのが怖かった。


(ごめんなさい……私は黙っていなくなるんです)


 悲痛な顔をしていたのか、私の顔を見たアネッタが焦る。


「わ、私はリリー様のお側で働けるだけで幸せですよ!?」

「ありがとうございます……きっとアネッタならどこへ行ってもやっていけるんでしょうね」

「何ですか、それ? 私は辞めたりしないですよ。ずーっとリリー様のお側にいますからね!?」


 焦るアネッタにくすりと笑い告げると、彼女はまた頬を膨らませる。

 私は何も言えなくなったしまい、ただ苦笑する。


「あ!? ほんとの本当ですからね!?」


 そんな私にアネッタが念押しする。


「アネッタ……ありがとうございます」


 これまで支えてくれた彼女に、これまでの分も気持ちを込めて感謝を伝えた。

 使用人たちの働き口の世話はアンディ様とマークさんに頼んである。預けてあるお金があればしばらく生活には困らないだろうし、安心だ。


「なんか変なリリー様。でも、ありがとうございますは私の方です!」


 ふふっと笑った向かいのアネッタの手を握る。


「私の方ですよ」

「いーえ、私です!」


 治療院に着くまで私たちは不毛な言い合いを続けた。



「今日はマークさんいないんですね」


 馬車から降りて治療院周辺を見渡す。いつもなら元気よく迎えてくれるのだ。


「マークさんなら今日は組合の集まりに顔を出さなきゃいけないとボヤかれていましたよ」


 洗い終えた洗濯物を抱えたメイドの一人が教えてくれる。


「そうなんですね」


 本来ならお忙しい人なのだ。協力してくれるマークさんに改めて感謝した。

 治療院の中では今日も巡回の聖女が患者を診て回っていた。その様子を見て、この治療院はもう大丈夫だと思った。


「手伝います」

「リリー様、私も!」


 洗濯物を干すメイドに声をかけるとアネッタが鼻息荒く付いて来た。

 真っ白なシーツの端っこをアネッタと反対側で持ち合い広げる。


「今日は良い天気ですね」


 冬だから相変わらず寒いけど、高く上がった太陽からの光が温かく心地いい。

 

(これなら早く乾くかもしれませんね)


 垂れ下がったロープにシーツをかける。

 ゆらりと反対側に映った影に違和感を覚える。アネッタにしては背が高い。


「リリー・グランジュ」


 地面を這うような低い声に背筋がぞくりとした。

 私はこの感覚を知っている・・・・・気がする。


「きゃあああ!」


 アネッタの叫び声とともにシーツがばさりと持ち上げられ、ナイフが私に向かって来た。

 燃えるような赤い髪に赤い瞳――見慣れたスカイブルーの騎士服を纏った彼は――


「リリー様!!」


 アネッタの悲痛な叫びに我に返る。

 私を庇ったアネッタが背中から血を流して倒れ込んで来た。


「アネッタ!! しっかりしてください!」


 私は急いで治癒魔法をかける。

 出血量が多いためか魔力がごっそりと持っていかれた。


「リリー・グランジュ……俺を聖騎士団長にする約束は覚えているか?」


 血のついたナイフを持った騎士がゆらりと近寄る。


「約束?」


 くらりとする頭を叩き起こすように彼を見据える。


「俺はお前らが用意した魔道具で討伐時に魔物を呼び寄せ、わざと病にかかり、蔓延させて来た。それもこれも、俺が団長になるため――」


 据わった目をこちらに向け、ナイフを構える。


(彼の狙いは私ですよね……)


 遠巻きに見ていたメイドたちに目配せをしてアネッタを託す。


「お前を式典で刺せば、それで任務完了のはずだった。俺は昇進するどころか、今や団長に疑いをかけられ追われる身になってしまった」


 ブツブツと呟く騎士の視線が逸れたうちに私は走り出した。


(私を刺して任務完了? どういうことでしょう)


 疑問に思いながらも、リリーを刺した犯人が彼だとわかる。

 この言いようのない嫌な感じはきっと刺されたときの記憶があるからに違いない。私は必死に走って彼と距離を取る。


「リリーぃぃ、グランジュぅぅぅ!! この裏切り者っ!!」


 懸命に作った距離は彼の足の速さによりあっという間に縮められ、ナイフが私に迫る。


「今度は、死ねええええ!」

(刺される!!)


 振り返ると同時に彼のナイフが私の脇腹をかすり、血が出る。


「痛っ……」


 その場に倒れ込んでしまう。

 一撃で仕留められなかった騎士は舌打ちをし、私に向き直る。私の足を踏みつけその場に縫い留めると、ナイフを振り上げた。


「リリー!!」


 ぎゅっと目をつぶった瞬間、アンディ様の叫びとともに眩しい光が私を囲んだ。


「ちいっ!」

「捕らえろ!!」


 ナイフを投げ捨てた騎士が逃げようとする先を副団長のライリーさんの号令により聖騎士団で塞がれる。


「リリー! 大丈夫か!」


 アンディ様は私にすぐさま駆け寄って来て、身体を抱き起こしてくれた。

 アンディ様の聖魔法で守られ、死なずに済んだ。


(これも私が引き起こしたことなんですよね)


 温かい光が消えると、アンディ様が私を強く抱きしめた。


「アンディ様?」

「リリー、すまない……俺がルートの動きを読めずに取り逃がしたばかりに危険な目に遭わせて」

「そんな……すべては私が元凶なんですから……」


 申し訳なさそうな彼に笑ってみせる。ナイフのかすった箇所がじくじくと痛い。

 血の気も引いてきて、一命を取り留めたはずなのに意識が遠のく。


(私、死ぬんでしょうか? これも罰なんでしょうか)

「リリー!?」


 目の焦点が合わなくなった私にアンディ様が必死に呼びかける。

 私は最後の力を振り絞って口を開く。

 最後に伝えたい想いがあった。


「アンディ様……ありがとう、ございました。私、あなたに二度目の恋をしたようです。短い間でも婚約者でいられて幸せでした」


 涙が頬を伝う。


「リリー! 何を言っているんだ! これからも君は俺の婚約者だろう!?」


 必死な彼の呼びかけに、励ましでも心が満たされる。


「うれし、で……」

「リリー!?」


 アンディ様の腕の中、私は必死で保っていた意識を手放した。

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