第29話 来訪

「おーい、毛布持って来たぞ」


 王都の西にシスターの孤児院はあった。

 寒い冬を超えるには厳しい薄い布団しかそこにはなく、子供たちは身体を寄せ合って寝ていたらしい。

 昨日シスターに付いて現状を確認した私はマークさんの商会にお願いしたのだ。


「すみませんマークさん、色々お願いしてしまって……」

「金は貰ったし、いいんだよ。あんたのやることに俺は協力したいのさ」


 にかっと笑ったマークさんが毛布を運んで来た男性たちに指示を飛ばし、次々と中へ運び込まれる。


「リリー様……このようなことまで……後で貴女が咎められないといいのですが……」


 中から出て来たシスターが私を見つけるなり、恐縮して言った。


「私は大丈夫ですよ」


 リリーは教会で権力だけはある。誰も文句は言えないのに、シスターは優しい人だ。


(今は療養しているという神官長が戻って来たときのことを心配しているのでしょうか?)


 私は牢屋に行く。アンディ様に預けた証拠があれば神官長も道連れだろう。副神官長に後のことは任せてある。咎められるとすれば、私がやらかしてきた数々の罪だ。


「相変わらず心配性だな、ライナは」


 私たちの会話にマークさんが入り込む。


「まあマーク、久しぶりに顔を見せたかと思ったら一言目がそれですか?」


 シスターの言葉にマークさんがうっとなる。


「すまん……お前に会えばジェイコブとも必然的に接点ができると思って」


 ガシガシと頭をかくマークさんにシスターが一つ息を吐いて微笑んだ。


「まったく、あなたたちときたら不器用なんだから。リリー様には本当に感謝なさいね?」

「いえ、私は何も……」


 両手を前にして慌てる私にマークさんが畳みかける。


「そりゃ大感謝してるよ! こんな令嬢見たことないぜ。そうだ、俺の息子夫婦の息子の嫁に来ないか?」


 マークさんの冗談にえっ、となりながらも口を開こうとしたときだった。


「誰が誰の嫁だって?」

「ア、アンディ様!?」


 いきなり現れたアンデイ様に驚く。


「グレイブ商会長、貴殿には感謝しているがそれとこれは別だ」

「わーってる、真面目に取り合うな!」


 怖い顔のアンデイ様が迫ると、マークさんはシスターを連れて孤児院の中へと逃げて行った。


「アンディ様、どうしてここへ?」


 今日も聖騎士団のお仕事だったはず。その証拠に彼は騎士服を着ている。


「さっきの商会長の話だが……」

「えっ?」


 なぜか私にまでアンディ様の怒りが飛び火している。


「君は俺の婚約者だ」


 手を取られ、唇を付けられる。

 上目遣いの彼の瞳が私を捕らえる。

 あんなに冷めていたアッシュグレーの瞳が最近は熱を灯していて、心が落ち着かない。


「……婚約破棄、されるんですよね?」


 私の言葉にアンデイ様の瞳が揺れ、身体を引き寄せられた。


「リリーは酷い悪女だ」


 肩を支えられ、耳元で彼が囁く。

 抱きしめられているわけではないのに、彼の手の重みが、熱さが私の心臓を打ち鳴らす。


「リリー、俺は……」

「あー、大聖女のお姉ちゃん、また来てくれたー!」


 アンディ様が何か言いかけたとき、孤児院の中から子供たちが一斉に出て来た。


「こら、みんな」

「あちゃー、邪魔しちゃったか」


 マークさんとシスターが眉尻を下げて子供たちの後ろを追いかけて来た。

 私とアンディ様は顔を見合わせる。


「……また今度」


 するりと私の髪を掬い上げたアンディ様が困ったように微笑んだ。

 私は真っ赤にさせた顔をひたすら上下に動かすことしかできなかった。


「ハークロウ様、ブランコをありがとうございました。皆喜んでおります」


 子供たちは私の健康診断を終え、アンディ様が持って来た白いブランコに順番待ちをしながら遊んでいる。

 庭が見える位置で私、アンディ様、シスター、マークさんの四人が円になって話している。


「いえ。これからも何かあればお力になります」

「ありがとうございます」


 優しいアンディ様に私まで嬉しくなる。


「ったく、過保護な婚約者だねえ」

「?」


 マークさんが意味ありげに私を見たが、話の脈絡がわからない。


「コホン……グレイブ商会長には見てもらいたいものがある」


 アンディ様が騎士服の内ポケットから何やら取り出す。


「これは……!」


 マークさんの目の色が変わる。

 アンディ様の掌に収まるそれは、キラキラとした石が埋め込まれた四角い赤い箱だった。


「綺麗……ですね」

「触るな!!」


 思わず手を伸ばせば、マークさんの叫びにびくりと身体を縮める。


「念のため聖魔法で障壁を作っているので大丈夫ですよ」

「……そうか。怒鳴って悪かったな」


 安堵の色を見せたマークさんに首を振る。


「それは何なのですか……?」


 こわごわとシスターが聞く。マークさんは神妙な面持ちで言った。


「これはな、魔物を引き寄せる魔道具だ」

「えっ!?」


 私とシスターは驚いてアンディ様から一歩下がる。彼は難しい顔をしていた。


「……聖騎士団がやっぱり関わっていたか。あんた、気付かなかったのか?」

「返す言葉もない。だがこれで教会の内通者が特定できた。すぐに拘束する」


 箱を内ポケットにしまい直すとアンディ様は二人に頭を下げた。


「突然訪問して来たくせにすまない。これで失礼させてもらう」

「……気を付けろよ」


 マークさんの言葉にアンディ様が頷く。


「リリー」

「は、はい!」


 私へ向き直ったアンディ様に背筋が伸びる。


 マークさんとシスターは気付けばいなくなっている。


「聖騎士団のことは俺がカタをつけてくる。君は自分のやるべきことをやるといい」

「……はい」


 孤児院の聖女訪問も軌道に乗せられそうだ。治療院も順調で、アンディ様が計画の実行者と黒幕である神官長を捕らえれば流行り病の患者だって減らせるだろう。

 私の贖罪はまだまだ足りないだろうけど、きっとそこが出頭するタイミングだ。


(アンディ様もわかっているから、後悔のないようにと言ってくれているのですよね)

「終わったら、君が淹れた故郷の茶を飲みたい」

「……はい」


 アンディ様と私の約束を果たすときが来たのだ。

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