第16話 噂の悪女です

「すごいです! マークさんの言った通りの値になりました!」


 私は診療所を出て、すぐに近くの町へやって来た。

 水色の髪の男性はマークさんといって、商人をやられているらしい。

 私は彼に教えてもらった場所でネックレスを換金し、無事に治療院の毛布を買うことができた。しかも、マークさんの名前を出したことにより、お店の人が運ぶのを手伝ってくれている。

 男手はダンさんだけだったので、とてもありがたい。


「リリー様、本当によろしかったのですかあ?」


 アネッタがさっきから膨れている。

 私は宝石に興味はないし、これから牢屋に入る身なのだから必要ない。

 もちろんアネッタにそんなことは言えないので、違う方向から彼女を宥めることにした。


「いいんですよ。アネッタ、あなただってお母様が寒い思いで夜を過ごすのは嫌でしょう?」


 私の言葉にアネッタはうぐっとなり、涙目になった。


「リリーさまあああ! ありがとうございますううう」


 泣き出したアネッタが私の胸に飛び込む。


「まったく、アネッタは怒ったり泣いたり、忙しいやつだな」


 私たちの後ろを歩くダンさんが苦笑混じりで言った。


「でもお嬢様、思い切りましたなあ。確か、ハークロウのご子息に貰った物じゃなかったでしたっけ?」

「えっ!?」


 ギギギ、とアネッタに目を向ける。彼女は涙を拭いながら言った。


「はい。ハークロウ様からは毎年誕生日の贈り物が届いておりましたが、あれはリリー様が強請って買わせた唯一の物だとよく自慢されていました」

(アンディ様から、貰った……物!? しかも私が強請って!?)


 私は頭を抱えた。


「リリー様……? もしかして、その記憶も……?」


 心配そうに私を見上げたアネッタに慌てて笑顔を作る。


「ははは、大丈夫ですよ、アネッタ! 人助けのためですから、アンディ様もきっと許してくださいます!」


 笑う私に、アネッタは安堵の表情を見せた。


「また新しい物を買ってもらえばいいですもんね、お嬢様!」


 ダンさんが気軽に言ってくれる。

 治療院の人たちのためだから、後悔はしていない。

 でも、あのアンディ様に買わせたということは、リリーは相当な我儘を言ったはずだ。


(あああ、どう説明しましょう……)


 アンディ様はきっと許してくれる。


(でも、いい気はしないですよね)


 お金を持たない私は買い戻すこともできない。

 治療院へ戻る道で私はアンディ様にお返しするべきネックレスのことで頭を悩ませた。




「……本当に毛布を買ってきたのか」


 お店の人は入口に荷物を下ろすと、帰って行った。

 その荷物を見たマークさんが驚いている。


「明日はもっと過ごしやすいよう改善しますので、今夜はどうかこれで……!」


 頭を下げた私に、マークさんは息を吐いて言った。


「……ここまでしてくれたあんたの顔に泥を塗る気はない」


 ぶっきらぼうにそう言うと、マークさんは中に毛布を運ぶのを手伝ってくれた。


「……っ! ありがとうございます!」

「何であんたがお礼を言うんだよ」


 ふっ、と笑ってくれたマークさんに嬉しくなる。


「みなさーん、毛布ですよ!」


 テンション高く叫べば、元気な人からは喜びの声が、まだ横たわっている人からは笑顔がこぼれた。

 症状は個人差があるので、熱が完全に下がった人もいれば、まだ微熱の人もいる。

 さっき出て行こうとしていた人も、大人しく座ってくれていた。


「お金が余ったので、食材を買ってきました。ダンさんに栄養のあるものを作ってもらいましょう!」


 ダンさんは外で火をおこし、持ってきた鍋を洗い、料理を始めてくれていた。

 まるでキャンプみたいでわくわくしてしまう。


 アネッタ、マークさんと協力してみんなに毛布を配っていく。


「なあ、あんた、聖女なのにこんな場所に来て怒られないのかよ?」


 ひと段落ついたところで、厚手の敷布の上に座り、マークさんと向かい合う。


「大丈夫だと思いますけど……」


 リリーは大聖女だ。私の権限で好き勝手やっていたなら、怒られないはず。


「アネッタ、あんた、グランジュ家のお屋敷はクビになったのかい? 今は聖女様に付いているの?」


 すぐ後ろで看病しているアネッタとお母さんの会話が耳に入った。


「母さん、私、クビになっていないわ! だって、この方が私のお仕えするリリー様だもの」


 シン、といつの間にかアネッタの声だけが中に響く。

 驚いたみんなの顔が一斉に私へ向く。


「…………!?!?」


 目の前のマークさんさえ、目を白黒させて私を指さしている。


(みなさん、私の名前はやはりご存じなのですね)


 はは、と苦笑いになる。


「リリー・グランジュ侯爵令嬢!? あんたが!?」


 先にマークさんが叫び、皆も続いて驚きの声を上げた。


「大聖女の!?」

「私たちをこんなところに押し込めたっていう?」

「「「あの、悪女!?!?」」」


 みんなの声がはもり、いたたまれなくなる。

 しかし私は自分のしてきたことを、しっかりと受け止めなくてはならない。


「はい。みなさま、今まで大聖女でありながらご不便をおかけし、辛い思いをさせて申し訳ございませんでした」


 立ち上がった私は、みんなに向かって深々と頭を下げた。

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