第15話 治療院は生きるために
アネッタが私の前に立ち、扉を勢いよく開けた。
どよんと淀んだ空気に一瞬怯むも、私はダンさんを振り返った。
「ダンさん、窓に打ち付けられた木を何とかできますか?」
「あ、ああっ! 任せてください!」
ダンさんは私の呼びかけへ腕に力こぶを作ってみせると、布を顔に巻き中へと入った。
ベリベリと木が剝がされていくと同時に、私が窓を開け放つ。
「寒い! 俺たちを殺しに来たのか!」
何事かとこちらをみていた病人の一人が叫んだ。
「違います、空気が悪いと治るものも治りませんから」
「ここは死を待つ場所だ。運良く春まで生き延びたやつだけが家に帰れる」
その水色の髪をした男性は、熱で顔が赤らんでいるが、体力はまだありそうだ。
「治療院は死を待つ場所なんかではありません。生きるためにあるんですよ」
「何を――」
私はその男性にそっと近寄り、手を取った。
「何をする!?」
「
驚く男性に微笑みかけ、治癒魔法を流した。
熱かった手がぬくもりに変わり、苦しそうな表情も穏やかになった。
「熱が引いても、身体にまだ菌が残っている可能性があります。ご家族へ感染させないために、しばらくはここで療養してください」
「あんた、一体――」
パチパチと瞬きをする男性に声をかけようとすると、アネッタの悲鳴にも似た叫び声が耳に入った。
「母さん! 母さん! しっかりして!」
「アネッタ、見せて!」
「リリーさまぁ……」
急いで駆け寄ると、アネッタが目に涙を溜めて私を見上げた。
「大丈夫ですよ、そんな情けない顔をしないでください」
アネッタに笑顔を作り、彼女のお母さんに目を落とした。
アネッタと同じ赤茶色の髪はパサパサに汚れ、身体を衛生的に保てていられなかったことがわかる。
アネッタのお母さんはぐったりとし、目を開けない。
「
祈るように治癒魔法を彼女に流した。同時に、ごっそりと自分の体力が持って行かれる感覚がした。
「母さん!」
治癒魔法が成功したらしく、アネッタのお母さんが目を開けた。
「……アネッタ? どうして……」
「よかったあああ!!」
まだ虚ろなお母さんに、アネッタは泣きながら抱き着いた。
「あんた、聖女なのか!? あんたも病でここに入れられたのか!?」
さきほどの男性が後ろから私の肩を掴んで叫んだ。
「……お嬢様っ」
止めに入ろうとしたダンさんを手で制して、私は男性に向き直った。
「はい。私は聖女です。でも、病だから来たのではありません。皆さんを治療しに来ました」
「はあ!?」
驚きで目を見開く男性に構わず続ける。
「ここに入れられた聖女はいますか?」
「いや……いないけど」
聖女はいないらしい。あわよくば聖女を治して手伝ってもらおうと思っていた。
(自分の力がどんなものかわかりませんが、やるしかないですね)
これは私の償いなのだ。
拳に力を入れ、私は覚悟を決める。
「順番に治癒魔法をかけていきます。アネッタとダンさんは、回復した人たちにスープを配ってくださいますか?」
「はい!」
「鍋、持って来ます!」
私の指示に二人が元気よく答えた。
その返事に頷くと、私は横たわる人たちに、順番に治癒魔法をかけていった。
水色の髪の男性は目を丸くしながらも、私を見張るように視線を送り続けていた。
「気分はどうですか?」
「苦しさがなくなりました!」
最後の病人を診終わり、私は息をついた。
聖魔法の使いすぎなのか、頭がクラクラする。
「リリー様、お疲れ様でした!」
スープを配り終えたアネッタが私の側に走り寄って、労ってくれた。ダンさんは空になった鍋を馬車に積み込んでくれている。
「おい、待てよ!」
アネッタと一息ついていると、この治療院を出て行こうとする人をさきほどの水色の髪の男性が止めていた。
「何だよ! 熱が下がったなら出て行ってもいいだろ! こんな場所にずっといるなんて嫌だ!」
「さっき、まだ身体に菌が残っているから家族に伝染するって言われただろ!?」
「聖女の言うことなんて信じるのかよ!? 教会は俺たちをここに閉じ込めたいだけだ!」
「だとしても、俺たちは春までここを出られないだろ!」
入口で男たちが言い合っている。
「あの……菌が体内に残っているので、ここで療養して欲しいですが、さすがに春までは……」
「町の入り口に衛兵を配置しておいて、よく言うぜ!」
「えっ!」
出て行こうとしていた男性に責められるような目で見られた。
教会はこの病にかかった人を春まで本当に出す気がないのだと知った。
「ここは夜になると、すきま風が入り込んで寒いんだ。また病が悪化するに違いない」
確かに、床に布一枚引き、身体にかけるのも薄い布。横たわる人たちを見て、改めて環境の悪さに気付く。
今日は食事の差し入れしか持って来ていない。
(明日また来るにしても、今夜辛い夜を過ごさせることになります……)
ふと、アンディ様がこの治療院に寄付をされた話を思い出した。
なのに、なぜこんなにも酷い状況でベッドすら揃えられていないのか。
「あの……ここの寄付金はどこが管理されているのでしょうか?」
「寄付金? そんなものがあるのなら、教会だろう」
水色の髪の男性が答えた。
(寄付金の存在すら知られていない……?)
今はとにかく、今晩を凌ぐだけの毛布を揃えたい。
「あの……アネッタ? 私個人のお金ってあるんでしょうか?」
「リリー様の……ですか? いつもグランジェ侯爵家か教会へ請求書を回されておいででしたので……」
おずおずと答えるアネッタに頭を抱えた。
昔のリリーならば、気にせずできたのかもしれない。今の私には怖くてそんなこと、できない。
うーん、と人差し指を頭につけると、自身の首へ目がいく。
「……!」
それは小ぶりながらも、綺麗な赤い石の付いたネックレス。
石はたぶんルビーで、チェーンは金なのではと期待する。
「アネッタ、すぐ近くに町がありましたよね。これを売って毛布にできませんか?」
「リリー様!?」
私は基本、アクセサリーをつけない。アネッタが私を着飾りたがるで、邪魔にならなそうなこのネックレスをつけていたのだ。
「それは、リリー様お気に入りのルビーのネックレスではありませんか!」
やはりルビーだった。期待通りで安心する。
「でも、これ一つで皆さんの毛布が買えるでしょうか?」
「リリー様!」
慌てるアネッタは置いておき、首からネックレスをはずす。
「どれ、見せてみろ」
そう声をかけてきたのは、水色の髪の男性だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます