第14話 行ってきます!

「リリー様、本当に行かれるんですか〜?」

「アネッタ、あなたのお母様も入れられたのでしょう?」


 準備に張り切る私の後ろで、アネッタが情けない声を出している。


「私はお見舞いに行きますが、お嬢様にもし感染ってしまったら………」

「対策するって言いましたよ?」

「街に出て、お嬢様になにかあったら……」

「ダンさんがいるから大丈夫ですよ」


 バスケットに荷物を詰め込み、動きやすいワンピースに着替え、準備万端。リリーのクローゼットには派手なドレスしかなく、アネッタに調達してきてもらった。

 この屋敷はほとんどの使用人が辞め、人手不足だ。

 警備も屋敷周りの最低人数しかおらず、護衛に連れ出すこともできない。

 そこでダンさんが、差し入れの料理を作ってくれた上に、荷物持ち兼護衛として、一緒に来てくれることになった。


「ダンさんはガタイもいいですし、護衛としての役割もぴったりだと思いますよ?」

「それはそうかもしれませんが……ハークロウ様は来てくださらないのですか?」

「アンディ様は魔物討伐でお忙しいのですよ」

「そうですか……」


 私の返事へ残念そうにするアネッタ。


 アンディ様は「君ならできる」と言ってくれた。側にいてもらえないのは心細いが、その言葉がお守りのように私に力を与えてくれている。


「おーい、まだ行かないのかー?」


 先に玄関で待っていたダンさんの声が私たちのところまで響き渡る。


「アネッタ、ほら、行きますよ」

「はあい」


 渋るアネッタを横目に私は玄関に向かった。


「ダンさん、今日はありがとうございます」


 グランジュ家の馬車に鍋を積み終えたダンさんを見つけ、お礼を伝えた。


「いえ、お嬢様。俺の家族もいつ治療院の世話になるかわかりません。他人事ではないですから」

「ダンさんは優しい人ですね」

「なっ⁉ やっ⁉」


 自分ごとのように捉え、行動できる人なんて少ない。ダンさんは正義感があって優しい人だと思う。


「ダンさん?」


 素直な気持ちを伝えたのに、彼は俯いて顔を真っ赤にしていた。


「私なんかが偉そうでしたね……」


 怒ってしまったのかとしょんぼりすれば、彼は慌てて否定した。


「そ、そんな意味じゃないです‼ 優しいなんて言われたの初めてで……その、ありがとうございます」


 ダンさんは赤い顔を指でかきながら言った。


「ダンさんは優しいですよ」

「そんな、お嬢様のほうこそ」

「私、ですか?」

「女神様のようです」

「‼‼‼」


 ダンさんの言葉に、今度は私が赤くなった。

 女神様だなんて、大げさではないだろうか。


「あ、悪女じゃなくてですか?」


 聞き違いではと恐る恐る聞く。

 私の神妙な顔を見たダンさんは笑い出した。


「ははっ! もうこの屋敷にお嬢様をそう呼ぶやつなんていませんよ!」

「そうですよ、リリー様!」


 いつの間にか追いついたアネッタが会話に混ざる。

 本気でそう言ってくれている二人に涙が出た。


「ごめ……なさ」

「リリー様、もう謝るのは無しですよ」

「そうそう、お嬢様が何をなさろうとしているのかはわかりませんが、俺たちはついていきますよ」

「アネッタ……ダンさん」


 温かい二人に囲まれ、涙が止まらない。


「リリー様の涙、初めて見ました。綺麗ですね」


 アネッタがハンカチを取り出し、涙を拭ってくれた。


「さあ、お嬢様、出発しましょう! 日が暮れてしまいますよ!」


 ダンさんが馬車の扉を開けて、笑顔で手を差し出してくれた。


「リリー様、留守はお任せくださいませ!」


 荷物を運ぶのを手伝ってくれていたハークロウ家のメイドたちが横一列に並び、言った。


「みんな、ありがとうございます! 行ってきます!」


 私は笑顔でみんなに手を振ると、馬車に乗り込み、屋敷を出発した。



「街中はまだ日常って感じですね?」


 私は窓から初めて見る外の世界に釘付けだった。

 グランジュ家の屋敷の周りは、高位貴族の屋敷が立ち並ぶ閑静な住宅街といった雰囲気だった。


 高台にあるその場所から城下町に降り、今は高級店が立ち並ぶエリアを走行していた。


「あ〜、お貴族様たちは緊迫感がないかもですねえ。平民たちは生活のために必死で店を開けていますが、いつ病にかかるか不安な日々を過ごしています」


 住宅エリアの反対側の高台には、立派な教会が建っている。


「お金のある者だけが優遇されているということですね……」


 その教会を見上げながら言った。

 アネッタとダンさんは黙ってしまった。


(私がそういう仕組みにしてしまったんですよね)


 いずれ、あの教会にも足を踏み入れないといけないのだろう。


(まずは、治療院です!)


 自分にできる償いを片っ端から一つ一つやっていくしかない。

 そうこうするうちに、馬車は王都の外れへとたどり着いた。


「ここが……治療院⁉」


 アンディ様に話を聞いていたものの、私は実際に目の当たりにして驚愕した。


 外側は立派な石造りになっているが、中は所狭しと病の人がぎゅうぎゅうに床に横たわっている。


「ひでえ……」

「リリー様、やはりこんな場所に高貴なあなたが入るなど……」


 ダンさんとアネッタの声にハッとする。


「二人とも、この布で鼻と口を覆ってください」


 私は鞄から取り出し、二人に渡した。

 この世界にマスクなんて物はもちろん無かったけど、不織布らしき物は見つけた。


「何ですか? これ」


 不思議そうに布を手に取る二人を横目に、私は口と鼻を覆うように布を顔に巻き、頭の後ろで縛る。


「病は空気感染するから、防ぐためですよ。それと、二人に浄化魔法をかけますが、中に入ったら手で目をこすったりしてもダメですからね」


 アンディ様からは、聖女が使える聖魔法をあらかた教えてもらった。

 私はてきぱきと自身、二人に浄化の魔法をかける。

 治癒は無理でも、浄化ぐらいは自分にもかけられるらしい。


「まずは空気の入れ替えですね」


 窓には木の板が打ち付けられ、文字通り「蓋」をされている。

 私は隙間から覗いていた扉に手をかけた。


「リリー様! 私が先に!」


 ポカンとしていたアネッタが慌てて私の真似をして布を顔に巻き付けた。

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